扶美さんがいるときには、何かしらブログネタを提供してくれましたから

ブログを書くときに、それほど困ったことはありませんでした。

今は時々、以前のブログを読むことがあり、

99歳や100歳の時の母の元気さに驚いたり、

そういえば、こんなこともあったなあ~と、懐かしく思い出しています。


山を登っているときには、登ることに懸命で、

周囲の景色や見晴らしに、それほど注意を向けることはありません。

木漏れ日にちょっと足を止めたり、

吹き抜ける風が汗ばんだ顔に気持ち良かったり、

すれちがう人に会釈したり、

歩みを止めて一休みしたりしますが、

頂上まで登ることに意識は向かっていますから、

どうしても前に進むことに集中してしまいます。

頂上についてようやく、見晴らしを楽しみます。

遠くに見える山並み、重なり合う山々、流れ行く雲、青い空と太陽、

そして、自分が登ってきた道を振り返ってみると、

どこをどう辿って登ってきたのか、その道が見えるのです。

その山に、どのように上ってきたのか、

山のふもとから頂上まで細い線が見え隠れしながら繋がっている・・・

山の全体像と登ってきた細い道・・・

そして、周囲の山々とその山と・・・そして登ってきた道と・・・

全てのことがはっきりと見えてきます。


母が旅立ち、介護が終わった今、4年間の介護を振り返ってみると、

まだぼんやりですが、ようやく介護の全体像が見えてくるような気がするのです。

母の介護をしている最中には、付け焼刃的対応の介護でした・・・私の場合ですが・・・

やっつけ仕事的な対応を母にしていたことが今になってわかるのです。

私は健康オタクな方で、私なりのやり方で健康について気を付けていましたが、

それはあくまで「健康について」であって、

百歳を超えた高齢者の介護というものは、「健康について」の範疇を超えていますよね・・・・


山の頂上で登ってきた道の全貌が見えてくるように、

介護が終わり、そしてようやく私の介護の全貌が見えてくるような気がしています。

自分の介護を振り返ると、次のような気持ちがふと頭をもたげるのです。

もしもう一度、99歳の扶美さんの介護をするならば、

もっと広い視野を持って臨むことができるかもしれない・・・・

そして、もう一方で、

介護とはこういうもの・・・これでいい・・・

私の介護の不足分は扶美さんが自分で補っていた・・・


このブログについてですが、

これからは、私のやっつけ仕事のようだった今までの介護の様子など介護一般について、

そして、バラの花や夕日やスピリチュアルについて、

また、生き物や自然とのつながりについて、

いろいろ織り交ぜながら書いて行こうと思います。

「百寿者と一緒の暮らし」の主人公はいなくなりましたが、

今後ともこのブログをよろしくお願いいたします。


12月7日のソニアリキエル
e0288951_21584482.jpg



蝶々にクリックをお願いします


バラの花にクリックをお願いします
にほんブログ村 ライフスタイルブログ スローライフへ
by gutsuri | 2016-12-10 07:00 | 介護 | Trackback | Comments(2)

亡くなった母は認知症と診断されてはいませんでしたが、

何しろ高齢でしたから、百歳を過ぎてからは、やはりその歳なりのボケはありました。

が、しっかりしているところもまだ残っていて、

そして、私の介護はそれに頼っていたところが大きいので、

母に関することは、一つ一つ母に聞いてから決めていました。

「どうしたいの?」と聞くと、「そうだね~ これがいいね~」などと答えてくれました。

最期までしっかりしていた母ですが、

そのことを考えるたびに、訪問リハビリの先生たちを思い出すのです。


母は週に3回の訪問リハビリを受けていました。

訪問リハビリは40分間で、初めの10分は体温や血圧などのバイタルをチェックしますから、

リハビリの正味の時間は30分です。

99歳から歩いていないですから、股関節硬縮の症状があらわれ、

リハビリは、股関節硬縮のためのマッサージをメインにしていただいていましたが、

全身の関節や筋肉の動きなども常に看ていただき、

脚、足、腕などの動きとか、身体を支える力を付けることなど、

全身に刺激を与えて頂いていました。


リハビリをしている間は、いつも大きな音でテレビをつけ、

午前中なので美味しいものやお料理などが画面に現れるので、

「美味しそうですね~」とか「カニが並んでいますね~」など

テレビを見ながらリハビリの先生が話しかけます。

すると、母もつられて「あら、いいですね~ 食べたいですね~」などと

テレビを見ながら先生とおしゃべりをしていました。

私がいつも感心したのは、リハビリの先生の言葉の持っていき方です。

美味しそうですね~とか、甘そうですね~、しょっぱくないですかね~、

すっぱそうですね~、たくさんあって食べきれないですよね、堅そうですね、

柔らかそうですね、口の中でとろけそうですね、噛みごたえありそうですね、

苦くないですかね、などなど、言葉で母の頭に刺激を与えるのです。

リハビリの30分間、先生は話続け、言葉でも母に刺激を与えているのです。

先生の手は動いていて、また言葉でも母をリハビリしているのです。

「美味しそうですね」だけではなくて「すっぱくないでしょうかね」などと言われると、

自然に唾液が口の中に湧き出ますよね・・・

「しょっぱくないでしょうかね」と言われれば、塩辛さを口の中で味わったりします。

言葉でも刺激を与えることをリハビリの先生たちは訓練されているので、

次から次へ・・・先生と母の会話が途切れることはありません。

これには本当に驚きました。

この真似はなかなかできませんよ~

私も母と会話はしましたが、用事が済むと母との会話は途切れます・・・

耳の遠い百歳を過ぎた高齢者との会話が30分続くのは、プロだから・・・です。

母のリハビリは、身体のリハビリだけではなくて、脳への刺激のリハビリも同時進行でした。

そして、これを母は楽しみにしていたのです。

リハビリの先生たちとの会話が好きだったようです。

母が最期までしっかりしていたのは・・・

物事の判断がわりと出来たように思われるのは・・・

このリハビリの効果が大きく影響していたと信じています。

訪問リハビリとは、身体的な動きのケアだけではなくて、

五感に刺激を与えて、ボケ防止にも大きく役立っている・・・

リハビリの時間には、母の明るい声が聞こえてきましたから、

母は喜んでリハビリを受けているようでした。


在宅介護は大変なところもありますが(私の場合は外出が限られました)

ケアマネさんに相談すると、いろいろと提案してくださいます。

その方に合った介護をアレンジしてくださいます。

ヘルパーさんや訪問リハビリ、訪問入浴など本当にたくさんの方々のおかげで、

母は103歳まで幸せに生きることが出来たのだと思っています。

お世話してくださった皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。


昨日の夕日
e0288951_22391164.jpg



蝶々にクリックをお願いします


バラの花にクリックをお願いします
にほんブログ村 ライフスタイルブログ スローライフへ




by gutsuri | 2016-12-08 07:01 | 介護 | Trackback | Comments(0)

ここ数日、穏やかで暖かい日が続いています。

有難いですね。

お天道様が顔を出して、地球上の全てを包み込んでくれているように感じます。

この陽気につられて、外に出て草の一本でも抜きたくなりますね~

バラがボチボチと咲いています。

我が家のバラはボチボチ咲くのです・・・気まぐれ屋さんばかりです・・・

その中でも寒さに強いイングリッシュヘリティッジが2輪咲いています。
e0288951_2046585.jpg


e0288951_2047233.jpg

バフビューティー
e0288951_2048285.jpg


e0288951_20482979.jpg

マルゴコスター
e0288951_20501069.jpg

バラの蕾がいくつか・・・
e0288951_2110573.jpg

レオナルドダビンチとモナリザの微笑みはいつも2~3輪咲いています。

テントウムシが草の陰にいましたよ。二つ星テントウムシですね。
e0288951_2112218.jpg

そして、また、キドクガの幼虫が一匹、斑入りサカキにいました。
e0288951_21135057.jpg

周囲を探しても一匹だけだったので放っています・・・

斑入りサカキには小さな蕾がたくさんついていました。
e0288951_21155037.jpg

鈴の形をした小さなピンクの花をたくさんつけます。

10月に野菜が高値になった時にルッコラの種を蒔きました。

こんなに育ちました。サラダに入れて食べています。
e0288951_21212098.jpg

パセリはまだこんなに小さい・・・
e0288951_21224513.jpg

11月末には小さなアブがバラの花の周りを飛んでいました。

今はもう姿はありませんね。

小さなクモは時々見かけます・・・が、見慣れたハナグモやササグモではありません・・・

もう師走に入りましたね。

本格的な寒さはこれからです。

キドクガの幼虫は寒さの中、蛹になるのでしょうか・・・

蛹になって冬越しするのでしょうか・・・どうなのでしょう・・・

キアゲハの幼虫でも、遅く生まれた(9月末とか10月とか)ものは蛹で越冬しますから・・・

キドクガの幼虫・・・ちょっと気になります・・・


多くの生き物たちは卵を産んで土に還りました・・・

来年の春から夏にかけて、

卵から孵ったその子孫がまた庭で姿を見せてくれます。

嬉しいですね・・・

季節は巡り・・・生命も巡る・・・


蝶々にクリックをお願いします


バラの花にクリックをお願いします
にほんブログ村 ライフスタイルブログ スローライフへ
by gutsuri | 2016-12-06 07:00 | ナチュラルガーデン | Trackback | Comments(0)

一緒に住んでいる高齢者に変化が起きて、

ヘルパーさんや訪問入浴や訪問リハビリを頼まなくてはならなくなったとき、

これは急なことが多いので、このことを前もって準備し、調べている方は少ないように思うのですが、

実は私もその一人で、そのようなことを全く考えたこともありませんでした。


何も知らないですから、まず、ケアマネさんと相談しますよね。

ヘルパーさんや訪問入浴の事業所をいくつか紹介してもらい、

それぞれの特徴を説明してもらっても、

体験していないことはよくわからなかったですね。

結局はケアマネさんに決めていただいたような気がします。

ヘルパーさんや訪問入浴のやり方は、大体決まっているようですが、

個人の好みのようなもの、相性のようなものはありますし、

事業所の方針は、微妙に異なっていたりします。


寝たきりになった母は、

毎日朝と夕方来て下さるヘルパーさんを心待ちにしていました。

ヘルパーさんとの会話を楽しみにしていました。

誰かが来てくれるというのは、嬉しいことなのですね。

介護保険を利用して

ヘルパーさん、訪問入浴、訪問リハビリ、ベッド、床擦れ防止エアマットなどが利用できましたから、

在宅で看ている家の者は本当に助かりました。


母が亡くなって、久しぶりに従妹(母の妹の娘)と話をしました。

我が家での母の様子をあれこれ話していて、

介護保険を利用することを母に納得させるのがすごく大変だったという話をしました。

母は「お国のために自分は何が出来るか」をまず考える人でしたから、

「お国に何をしてもらうか」など考えていませんでした。

その時89歳だった母は自分の考えを話し、自分のことは自分で決める勢いでしたから、

「この家では協力してやっていくのよ」とかなり強い口調で私が言い切ったのを覚えています。

叔母も同じだったそうです。 「お国のために何が出来るか」・・・です・・・

叔母は最期まで、90歳で亡くなるまで、介護保険を利用しなかったのだとか・・・

驚きました。

従妹は、「刷り込まれていた」と表現しましたが、

母や叔母は、そういう時代に育ったのですね。


穏やかで安らかな在宅看取りが出来たのは、介護保険を利用出来たおかげです。

在宅で介護すると、自分の好きなように介護をアレンジできますから、

介護する方もされる方も、ある程度の自由があるように思います。



ポンポネッラが咲いています
e0288951_215662.jpg



蝶々にクリックをお願いします


バラの花にクリックをお願いします
にほんブログ村 ライフスタイルブログ スローライフへ



by gutsuri | 2016-12-04 07:00 | 介護 | Trackback | Comments(0)

母が99歳で転倒して歩けなくなってから私の介護が始まりました。

それまでは、歩ける間は、母は自分のことは曲がりなりにも大体自分で出来ていたので、

自分でできる間は自分でする方が母のためにもなると思い、

私が代わりにした方が時間がかからないし、手っ取り早い場合も多々ありましたが、

それでも自分で出来ることは母に自分でやってもらっていました。

私の介護が始まったのは、母が99歳で歩けなくなってからで、

母は103歳で亡くなりましたから、私の介護生活は丁度4年間なのです。


母のベッド生活が始まったときには、私は介護のことなど何も知りませんでした。

老いのことも、介護保険のことも、ベッド生活のことも、医療のことも・・・

本当に何も知らなかったのです。

高齢者と一緒に住んでいたにもかかわらず、

介護については考えたこともありませんでした~

母はしばらくは元気でいてくれて、いずれは死んでしまうのだろうな・・・

このように考えても、この過程がどのような状況に発展していくのかなど、

想像だに出来なかったのです。

母は健康で薬を何も飲まず、外の空気が好きで、外出を楽しみにしていました。

でも膝を痛めていたので、月一で病院に行き、塗り薬を頂戴していました。

これだけでした。


母が99歳、ベッドが母の全世界になってから、私の介護生活が始まりました。

初めに私が思いついたことは、おむつかぶれには気を付けなくてはいけない・・・でした。

ポータブルトイレをできるだけ利用しようと思い、母と二人で頑張りましたよ。

この時母は体重が60キロ以上あり、

私は以前は自分では腕に覚えありの類だと思いますが(ジム通いしていました)

母をポータブルトイレに座らせることは難しくて(母を持ち上げることが難しく)

天井にレールを走らせることはできるの?

扶美さんを吊り上げたいのだけれど・・・

などと、家族に相談したことを覚えています。

掛け声をかけて母と一緒に、セーノーと大きな声を出して頑張っていて、

ついに私はぎっくり腰になり、

2週間後のお正月は、寝正月でした・・・


身体が不自由になるとはどういうことなのか・・・

ようやくわかってきたのです。


身近にいる人が歩けなくなり、

トイレに行けなくなり、

ポータブルトイレも使えなくなり、

紙おむつ使用になりました。


みんな、歳を取ると、病気になったり、身体が不自由になったり、

今まで当たり前だと思っていたことが出来なくなってしまいます。

このようなことは、一般論として、私はわかっていましたし、

一般論として社会に幅広く知られていることですが、

それってどういうことなのか・・・

身体が不自由になるってどういうことなのか・・・

母が歩けなくなって初めて実感できました。

もし、私が母の介護をしなければ、わからなかったことです。

自分の身が老いて、自分の身体が不自由になるまで、わからなかったことなのです。

みんな、いつかは、身体が不自由になるのですよね。

介護をして初めて分かることがある。

本当に、介護はたくさんのことを教えてくれました。


e0288951_21345899.jpg


バフビューティーが咲いています
e0288951_2136133.jpg



蝶々にクリックをお願いします


バラの花にクリックをお願いします
にほんブログ村 ライフスタイルブログ スローライフへ



by gutsuri | 2016-12-02 07:00 | 介護 | Trackback | Comments(2)

介護の極意は喜ばせること。2013年7月に満百歳になった母と共に花や音楽から元気をもらっています。無農薬、無肥料でバラを育てています。母は2016年11月に103歳4カ月で旅立ちました。。

by gutsuri