百寿者と一緒の暮らし gutsuri.exblog.jp

介護の極意は喜ばせること。2013年7月に満百歳になった母と共に花や音楽から元気をもらっています。無農薬、無肥料でバラを育てています。母は2016年11月に103歳4カ月で旅立ちました。。


by gutsuri

カテゴリ:長寿( 35 )

ブログに載せようと思っていてすっかり忘れていたのですが、

この春、ある冊子に母が紹介されました。

自分らしく生涯を「生ききる」ために 在宅療養、在宅看取りという選択
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1月の取材には3人の方が来られて賑やかでしたから、

母ははしゃいで興奮し、楽しそうでした。

母はとても喜んでサービス満点! いろいろと話していましたね~ 

トンチンカンでしたけど、まあ、ご愛嬌というところでしょう。

紙面が上手くまとめられていたので驚きました。
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この歳になっても誰かのお役にたてるということに、母は喜んでいると思います。

昔の人はみんなそうだったのだと思いますが、

今のこの時においても、何かのお役にたつということを、

心の底ではみんな、そうしたいという思いがあるのではないでしょうか。

生きるというのは勿論、自分のために生きるのではありますが、

自分のためだけに生きていると思っていても、そこにはいろいろなつながりがあるので、

気が付けば人の役に立っていたとわかり、それがまた生きる喜びにつながっていくのですよね。

このように取材を受けて人から聞かれることは、

母の生きる喜びにつながっていて、それが生きる力になっていると感じています。

7月に体調を崩して心配しましたが、今はまた元気に過ごしています。

昨年までは、機嫌を悪くすることはあっても、

体調を崩すことがなかったほど健康でしたから、

熱を出して具合が悪くなったときには、母も弱ってきたのだなあと

この時ばかりは、高齢ということを、百歳を過ぎているということを、しみじみと感じます。

でも、今年になってからは、機嫌が悪いということがないのです。

一皮も二皮も剝けたという感じがします。

いつもニコニコしていて、いつもありがとう、そして、良かったね~ 良かった良かった・・・といいます。

疲れているときには、無口になりますが、機嫌が悪くなることはありません。

こういう時に思い出すのは、老年的超越という言葉です。

百歳を過ぎている人に見られるという老年的超越・・・

母ははっきりとものを言う人でしたから、最近少し変化したことが見て取れるのです。

103歳になった母を見ていて、たまにその老年的超越を感じています。

面白いですね。



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by gutsuri | 2016-08-19 07:00 | 長寿 | Comments(0)
高齢化社会に突入した昨今です。

2015年9月で、国内で百歳以上の人口は、6万1568人となりました。

百歳以上の高齢者は珍しくありません。

私の周囲からも百歳を超えた長寿の方の話を耳にすることがあります。

ヘルパーさんにお聞きすると、百歳以上の方のお世話をしていらっしゃるようですし、

リハビリの先生が来られる老健にも、百歳を超えた方はいらっしゃいます。

私は神奈川県に住んでいますが、

神奈川県の百歳以上の高齢者は、何と3315人もいらっしゃるのですよ。

長寿の方がこんなにたくさんいらっしゃって本当に素晴らしいですね。

長生きが出来るているという事は、

その人に生きようとする意志があってのことですから、

百歳以上の高齢者の皆さん、それぞれ、

もう少し、いま居るこの世界を楽しんでいたい・・・

まだまだ大丈夫だ、この調子で生きていこう・・・

今日は楽しい一日だった、明日もきっとそうだろう・・・

日々の中に、喜びを感じることがあって、

不自由な身体ながらも、幸せを感じて、生きていらっしゃるのでしょう。


長寿と長命と、似たような言葉がありますが、

私はこの二つの言葉の意味の違いを知らなくて、

区別することなくこの二つの単語を使っていました。

が最近、長寿と長命という言葉が持つ意味が異なることを知りました。

長命とは、ただ長生きしていることで、

長寿とは、身の回りのこともしっかりと出来て元気に生きていることだそうです。


正直なところ、この二つの言葉の意味を知って、胸中複雑です・・・

ひとつはっきりしていることがあります。

それは、歳をとると病気や肉体的な衰弱は必ず起こるという事です。

あの世に旅立つまで、健康で自立出来ていることは皆の望むことですが、

老いや加齢というものは、それほど甘いものではなくて、

うす暗い影をしっかりと引き連れてくっ付いてきます。

「元気に健康で百歳まで生きましょう」というフレーズは、

今、ネット上でたくさん見られます。

本当にそうありたいと願っています。

しかし、終着点は必ず来ますし、

終着点に近づいてきた時、そして、終着点に着いた時、その人がどのように感じるか・・・

これが最も大切なことだと考えています。


命とは何か・・・

障害とは・・・身体の不自由さとは何か・・・

生きるとは何か・・・

生きようとする意志は・・・


長寿と長命、この二つの言葉の違いは、大きな意味合いを含んでいると感じました。

健康は万人の望むところです。

もちろん、私も健康でありたいと願っていますよ。

健康に注意して、食べ物にも運動にも注意して過ごし、

終着点まで人の手を借りずに過ごしたいと思っています。

母は99歳まで自分のことは大体自分でできていました。

が、如何せん歩けなくなりましたから、

人の手を借りて、そのおかげで日々の暮らしが成り立っています。


長寿というのは、日々を楽しみ、周囲と調和して、穏やかに暮らすこと。

病気の高齢者であっても、病気と仲良く付き合い、その日を味わい深く暮らすならば、

それは長寿と呼べると思いますよ。

歩けなくとも、不自由な身体でも、病に侵されていようとも、

生きようとする意志があって、

その日を精一杯生きて、

小さな喜びや楽しみをそこここに感じることが出来るならば、

それは長寿ですよね。

健康の大切さは承知の上ですが、

昨今の健康至上主義が、少々気になっています。

健康ではなくとも幸せを感じている・・・

終着点では、このようにありたいものですね。


「どんな状態にあろうとも、その人がどのようにあるかが大切なことで、その状態は問題ではない」

これはバシャールの言葉だったと思いますが、今ふと思い出しました。

魁アヤメが満開です
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by gutsuri | 2016-05-02 19:07 | 長寿 | Comments(0)

百寿者と老年的超越

今年になって、ヘルパーさんが来て下さるのは週に3回の朝だけになり、

その他のことはすべて私がしています。

この生活になって3か月が過ぎたところです。

大変になったかというとそうでもなくて、

時間に囚われることなく、母の様子を見ながらいろいろなことが出来ますから、

穏やかな時間が過ぎていますよ。

母はいつも笑顔でいて、落ち着いていて、穏やかです。

不思議なくらいです。

母は、実は、以前はこのように穏やかなタイプではありませんでした。

自分の意見をしっかりと持っていて、それを主張するタイプだったのですが、

「ベッドが全世界」の生活になってからは、だんだんとそれを受け入れていき、

それは多分、3~4か月くらいかかったように思いますが

自分なりにベッドでの時間の過ごし方を見つけて、楽しくやっているようです。

毎日朝と夕方来て下さったヘルパーさん達のおかげもあったでしょうし、

リハビリや訪問入浴、マッサージや往診の先生など

皆さんがチームを組んで母を支えてくださった結果だと感謝しています。

この冬の間は母はぼんやりと過ごすこともありましたが、

それでも声をかけると「そうだね~」と言いながら私の方を向き、

笑顔を見せてくれます。


百寿者の研究で面白いものがあります。

百寿者の多くが「老年的超越」といわれる豊かな精神世界に生きているそうです。

多くの百寿者が、ありとあらゆることに幸せを感じているのだとか・・・

これは「多幸感」と言われ、百寿者によく見られる特徴だそうです。

自分のことを肯定的にとらえる感情や満足感が高まっていく・・・

高齢者というのは、肉体的、体力的には弱ってきて、

マイナスの事だけが起きてくるというネガティブなイメージがありますが、

そうではなくて、明るい側面もあるということですね。

いつまでも若さを追い求め若さを保つことを目標とする歳の取り方もありますけど、

自分の人生を肯定的にとらえ、今の自分に満足し満たされる・・・

自ずとそのような考え方になっていく・・・

百寿者の多くの方々が、そのように満たされて過ごしていらっしゃるそうです。


この記事を読んだ時に心から納得しましたよ。

百歳を過ぎた母が、まさに、その状態だったからです。

「有難いね~」 「嬉しいね~」 「良かったね~」 「感謝だね~」

ニコニコしながらこのように言いますよ。

今日も「これをどうぞ・・・」と言いながら、リンゴが入った小皿を私に向けようとします。

このような母を見ていて、ヘルパーさんが来る回数を減らして本当に良かったと実感しています。

毎日朝夕、時間を束縛されることなく、勝手気ままに一日を過ごせること・・・

この自由は何事にも代えられない有難いものですよね・・・


幸せの波長を発している百寿者には、幸せがやってきます。

同じ周波数のものは引き寄せ合いますから、

多幸感を感じている百寿者は、ますます満たされていくことになります。

そのプラスのスパイラルは、健康上にもきっと大きな良い影響を与えているかもしれませんね。

102歳の母は、メガネなしで新聞を読みますけど・・・・

ひょっとして、そのおかげ・・・などと、思ったりします・・・


シャクヤクの蕾が膨らんでいます
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白いムスカリ
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ハチ2種 これはヒラタアブでした。
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1分くらいから始まります

by gutsuri | 2016-04-04 19:00 | 長寿 | Comments(0)

102歳の現実

現在102歳の母は、99歳のときに転んで歩けなくなり、

それ以後はベッドの中での生活です。

ベッドが全世界、この生活になって3年が経ちました。

有難いことに、母は健康面ではどこも悪いところはなく、お薬は何も飲んでいません。

ただ、心臓だけは幾分疲れ気味のようではありますが、

それも「まあ、百歳の心臓というのはこのようなものでしょう」

往診の先生はこのようにおっしゃいます。

母はベッドの中で元気いっぱいに過ごしてきました。

毎日、朝と夕方にヘルパーさんが来て、着替えとおむつ替えをして下さいます。

毎日、朝と夕方、顔を見せてくださるヘルパーさんを、母は心待ちにしていました。

外出できない代わりに、ヘルパーさんから、外の風を感じていたのかもしれません。

楽しそうなおしゃべりが聞こえていました。

また、一日に2回の着替えは(来ているものは全て着替えます)

良い運動になると思いました。

腕を伸ばしたり縮めたり、腰を浮かせたり、脚を曲げたり伸ばしたり・・・

そして、右を向いたり、左を向いたりして身体を動かことが、

ベッドの中で過ごす母にとって、良い刺激になると考えたのです。

それを楽しむ余裕が母にありました。
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昨年の秋から、ヘルパーさんに対する拒否が、度々見られるようになり、

冬になると、ヘルパーさんを笑顔で迎える日の方が少ないくらいになりました。

ヘルパーさんだけではなくて、リハビリや訪問入浴に対しても、拒否がありました。

そして12月クリスマスの頃、39度の熱を出したのです。

先生がすぐに往診に来て点滴をして下さったおかげで、母はすぐに回復しました。

尿路感染でした。

そのこともあっていろいろと思いを巡らせ、

「母が嫌がっていることは、基本的にやめるようにしよう」

こう決断しました。

それから一週間は、ヘルパーさんをお休みにして、私がやりました。

入浴は長いお休みにして、週に一度のリハビリだけは続けました。

3年ベッドの生活ですから、いろいろな心配がありますのでね。
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毎日朝9時と夕方4時半、ヘルパーさんが来られる時間なのですが、

この時間に母を起こしておくのが大変だったのですよ。

朝は時によっては、9時を過ぎても眠い日があったり・・・

夜、いつもの時間に眠っても、夜中に何かの折に目を覚まし、

夜中に独り言を言ったり、歌を歌ったりして、活動していることがあるのです。

昼食の後、母は昼寝をするのですが、

すぐに寝ないで雑誌をパラパラとめくっていて、寝る時間が遅くなったりすると、

4時半に起きるのが難しい時もあります・・・

私としては、母に好きなように過ごしてほしいという気持ちもあり、

一方、スケジュールがあるので、それに沿って行動してほしいという気持ちもあり、

両方を調整しながらやってきたのですけどね・・・

そして、母もそれに従って過ごすことが出来ていたのですけどね・・・

こちらのスケジュール通りにはいかないことが多くなりました。

何時に起きて、食事をして、それからこうしてああして、

次にはこの予定があるので、この時間には、起きていてね。

102歳にはこれが難しいのです。
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年が明けてからは、週に3回、朝だけヘルパーさんに来ていただいています。

あとは私がしています。

着替えは一日1回だけ・・・これでも母は大変そうです。

今までよくまあ・・・一日に2回も服を着替えていたものだわ・・・運動とはいえ・・・

今になって気が付きます・・・・

この生活になって、母は毎日笑顔です。

ご機嫌です。

だからというわけではありませんが、

4月からは、リハビリを週に3回に増やそうかなと思案中です・・・


早咲きのクレマチス、アップルアーマンディーがほころび始めました。
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ホワイトセージの葉の上で、ハナグモが何かを捕まえていました
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by gutsuri | 2016-03-30 07:00 | 長寿 | Comments(0)
サクセスフルエイジングとは、幸せな歳の取り方、身も心もつつがなく歳をとっていくことなど、

いろいろな訳があります。

ネットで百歳のことを調べていると、よく目にする言葉です。

一方、アンチエイジングという言葉はよく知られています。

こちらは、抗老化、抗加齢、老化抑制など、

いつまでも若くありたいとの願いから生まれた言葉です。

加齢による身体の機能的な衰えを可能な限り小さくすることですね。

アンチ(anti)とは、反対、敵対、対抗、排斥を表すそうですよ。

昨日のエイブラハムのyoutubeを聴いて

アンチエイジングのことを思い出しました・・・

「望まないものを見てこれは嫌だと思った時、その嫌なことにパワーを与えている」

youtubeではこのように語られていましたね。

思考は強力な力を持っているそうです。

何に焦点を当てて考えているのか・・・

この焦点の当て方がポイントですね・・・引き寄せにおいては・・・

健康になりたければ、健康に焦点を当てる・・・

病気に焦点を当てれば、病気が活性化されてしまう・・・そうですからね。

我が家の場合ですが、百歳のお祝いのときには扶美さんは百歳を受け入れました。

が、その後しばらくして、

「私はそんなに歳を取っていない。もっと若い。」と言い出しました。

「そうねえ、89歳くらいかなあ・・・」

昨年の誕生日は89歳でした。

今年の誕生日は、

「年齢はよくわからない。何歳なのか、そのようなことはどうでもいい。」

今年からは年齢不詳です。

そして、「私はもっと若い」と言い張っていますから、

心の底から若いと思っているのでしょう。

加齢によるボケのなせる業ですが、本人は幸せそのもののようです~

若いのですからね。

若者らしく食べています、ガッツ、ガッツと・・・本当にすごい食べっぷりですよ。

何がどうしてこうなったのか、さっぱりわかりませんが、

扶美さんは、誰に教えられることもなく、我が道を歩んでいます。

扶美さんなりの「老年的超越」ですね。

毎日、朝と夕方来て下さるヘルパーさんとの会話が弾んで笑みがこぼれています。

幸せそうですよ~


シェイクスピア
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レオナルドダビンチ、ハナグモがいますね。
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フリュイテが葉の陰に咲いています
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ブッドレアにいました。目が大きいですね~
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セントゼラニウムにも・・・
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心と身体
by gutsuri | 2015-09-06 18:41 | 長寿 | Comments(4)

自分の思考は自分で選ぶ

何日か前のことです。

いつものように「今日の新聞よ~」と言いながら、母に新聞を手渡しました。

すると、一面の大きな見出しを見てから、困惑の表情を見せながら、

私の方に新聞を押しやります。

今日は新聞は読みたくないと顔が語っています。

私も一瞬迷ったのですよ・・・新聞を手渡す前にですが・・・

今日は新聞はお休みにしようかな・・・と・・・


中学生の痛ましい事件が連日報道されていて、

その日の新聞の一面は、犯人逮捕か・・・のような文調で書かれていて、

その新聞はまるで、この事件一色の感じがしましたからね。

扶美さんは、新聞に挿んであるチラシを取り出すこともありませんでした。

ベッドのテーブルにある雑誌を取り上げて、

その中に挿んであったチラシをまた広げたりしながら、

美味しそうなものを見ていました・・・


それで、気が付いたのですよ・・・

扶美さんは、そういうことが自然に身についているのかもしれないと・・・

明らかに、自分のエネルギーを落とすようなこと、

知ると元気がなくなるようなこと、

自分の力ではとても及ばないと思えることには関わり合いを持たない、

自分が持っている力がどのくらいなのか、何となくわかっている、

自分の衰えを感じているということでしょう。


以前に、従軍慰安婦について、新聞で連日報道されているときがありました。

余りにセンセーショナルに一面に書かれているときには、

「今日は新聞お休みよ~」で済ませたことが何回かあります。

これを読むと、嫌な気持ちになるだろうな・・・と思えることは、

私が適当に対処しています。


百歳を過ぎているのだから、もういいのではないかしら・・・

楽しいことを思って、明るい気持ちになって、日々を過ごしてね、

と、このように考えていますが、

意外なことに、扶美さんは自分でそれが出来ていたのです~

選んでいたのですね。

自分が目にするものを選ぶ・・・

案外、これって、長生きの秘訣かもしれない・・・

その時に、そう感じました。

意識してではなくて、感覚的にそうしている・・・

そのようにしたい・・・

これではなくてあれ・・・

そこが、わかっているのかもしれませんね。

最近の発見でした。


イモーションブルー
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シャンタルメリュー
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ブッドレアになにかいますね
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by gutsuri | 2015-08-25 18:53 | 長寿 | Comments(0)

石の上にも3年

昨日、7月31日のブルームーンはきれいでしたね。

ちょっと黄色味が強いようにも感じましたけど、

夏のお月さまはそのようなものかもしれません。

夜の8時前後はとてもきれいに見えました。

時々、灰色の大きな雲が流れてきて、満月を隠そうとしましたが、

それでも、満月を隠しおおせるものではありません。

満月の明るさはひときわ際立っていました。

幻想的な世界を楽しむことが出来ました。


さて、今日から8月です。

ブログを書き始めて3年になりました。

その日のありさま、

その日に感じたこと、

その日に経験したこと、

これらの出来事を日々綴ってきました。

書き始めたときは、扶美さんが99歳でした。

せっかくここまで来たのだから、扶美さんに百歳になってほしい・・・

そのような願いを込めて書き始めました。

書くことが応援になるかもしれないと思い、

さあ、これからどちらに向かって進んで行けばいいかしら・・・などと、

その時その時、試行錯誤の連続でした。

そして、3年経った今、

ブログを始めたときとはずいぶん違った考え方をしている自分に気が付きます。

百歳を超えた高齢者と日々向き合っていれば、

介護という言葉が自然と浮かんできますが、

私の日々は、介護という言葉でくくられる範疇に入らないのではないか・・・などと

このところ感じることがあるのです。

高齢者と共にいて初めてわかることがあるのですよ~

目線の高さを変えなければ気が付かないことってあるのですね。

百寿者と共に暮らさなければ知らなかったであろうことも、

身を持って不自由さを感じている人から伝わってくることも、

物事に潔しとの思いを持つところから伝わってくる高齢者の想いなど、

ブログを始めるときには考えもしなかったことにたくさん出会いました。

書いていると変わってきました。

私の考え方が自然と変わってきたのですよ。

扶美さんの姿勢から、教えられることが多いのです。

そして、長寿とは何か・・・という思いが湧きあがります。

それは、生きるとは何か・・・ということなのです。


介護とは、お互いのコミュニケーションです。

一方が高齢であろうが、

不自由な身体であろうが、

人と人とのつながりは、魂と魂のつながり・・・

3年前には、考えもしなかったことですよ。


「老年的超越」という言葉も知りました。

幾つになっても、前に進むものですね。

百歳を過ぎても、前進できる・・・

百歳を過ぎたからこそ、感じることに幅が出来、

百寿者は一回りも二回りも大きくなれるのかもしれません。

私も置いて行かれないようにしなくては・・・

健康においても、センサーの鋭さにおいても・・・



朝、水やりをしていると、カマキリが驚いて飛び出してきました
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イングリッシュヘリティッジ
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ギボウシ、花は終わりかけです
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by gutsuri | 2015-08-01 19:20 | 長寿 | Comments(0)

私はもっと若い・・・

今日火曜日の午後はリハビリがあります。

リハビリの先生が来られて、扶美さんとお話ししている声が聞こえてきました。

「お誕生日おめでとうございます。102歳になりましたね。」

扶美さんの返事が聞こえてきません。

扶美さんに聞こえていないと思ったのか、

リハビリの先生はもっと大きな声で、同じことを言っています。

その後のことは、先生が帰られる時に、どのようなようすだったかをお聞きしました。

「私は102歳ではないです。そんなに歳は取っていません。」

扶美さんはこう言ったそうですよ。

リハビリの先生は、長寿を誉めようとしておっしゃったと思いますけどね。

ちょっと驚いていました・・・


7月23日の誕生日の日に、私は、扶美さんに聞きました。

「扶美さん、今日が誕生日だけど、何歳になったの?」

昨年は、たしか「88歳か89歳になったと思う」と扶美さんが言っていましたから、

今年はそれに一歳プラスすると、90歳くらい・・・

そのような答えを期待して聞いてみたのです。

すると 

「何歳になったか、わからないね~ そんなこといちいち数えていないからね~」

と、歳のことなぞ、あまり興味はないと言わんばかりの口調でしたよ。

誕生日はたしかにお目出度いことですけどね。

何歳になったかなどは、問題ではない・・・

扶美さんにとっては、年齢などどうでもいいのです。

いまのところ健康で、身体のどこが悪いということもなく、

美味しくご飯が食べれて、自分の好きなように時間を過ごしています。

歩けないことを忘れています。

まあ、それ以外は健康なのですけど・・・

扶美さんは気持ちが若い!

これも凄いことだと思いますから、それはそれで立派だと思っています。

なかなか真似は出来ません。


心の深いところから、そのように信じることは、

何かしらの信念が必要になります。

心が若いと言っているのですから、身体はそれに従っているのです。

身体は健康そのものです。

扶美さんは、自分で自分を健康にしています。

自分で健康を維持していますね。

扶美さんの誕生日の日に、私が撮った写真に、家族が、

「102歳のお誕生日おめでとう」という文字を入れて大きくプリントアウトしました。

A4の大きな写真だったのですよ。

扶美さんはその写真を見て「これは私ではない」と言いました。

どうも102歳が気にいらなかったようです・・・

扶美さん、いつまでも若くね~

その調子で、健康で長生きしてくださいね~


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by gutsuri | 2015-07-28 18:34 | 長寿 | Comments(0)

老年的超越

80歳代の方の介護と百歳の人の介護を比べた場合、

百歳の人の介護のほうが疲労が少ない場合が多いという専門家の記事がありました。

初めは、ちょっと信じられない気がしましたが、

読んでいるうちになるほどと思ってきました。

百寿者の方の反応が、介護する人にとっては、達成感があるのだそうです。

いろいろな統計があるのですね。

介護疲労の度合いを調べて、

サクセスフルエイジング(幸せな歳の取り方)にちなんで

サクセスフルケアと呼んでいるそうです・・・


別の興味深い記事もありましたよ。

百寿者の心を特集したテレビ番組で(NHK)

百歳を超えるお年寄りの心を調査したそうです。

すると、百寿者の方は、生活環境がどのようであれ、

ほとんどの百寿者が、幸福感に包まれて暮らしていたのだそうです。

これは「老年的超越」と呼ばれる現象だそうですよ。

お年寄りたちは、すでに亡くなった身近な人などの
「見えない存在」たちとのつながりを感じ、毎日が
キラキラとして、感謝の気持ちに包まれているそうです。

これなど、まさに、扶美さんにぴったりと当てはまります・・・

驚きました・・・

「見えない存在」たちと交信をしたり、また、何事にも感謝の人ですからね。


社会とのかかわり合いの中で、

仕事や子育て、はたまた人間関係の中で、

何かしらの、生きにくさ、のようなものを感じながら生きて来たとしても、

それが、歳をとるにつれて、いや、百歳になるとでしたね・・・

幸せ感で満たされてくる・・・と言うのですからね・・・

多くの百寿者がこのように話していると言うのです。

百歳まで生きると、苦しみとは無縁の幸福感を味わえる・・・

何とも、面白いお話でした・・・


私から見て、扶美さんがちょっとおかしいな・・と感じることが時々あるのです。

いろいろなサイトを見ていると、

百歳を生きていると、それはあたりまえのこと、

ちょっとくらい変でも、ちょっとくらいおかしくても、それでいいのだ~

このように感じられるサイトが幾つか見つかり、安心しました。


「百歳まで元気に生きよう」というものはたくさんあるのですけどね、

百歳からはこうなのだ・・・というものは、今まではあまり見つけられませんでした。

でも、人と比べることなく、扶美さんは扶美さんでいいと思っています。

平均や標準ででなくてもいいのです。

人はそれぞれユニークな存在ですからね。



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by gutsuri | 2015-07-27 19:33 | 長寿 | Comments(2)
100歳以上の高齢者を、百寿者と呼ぶそうです。

そして、105歳以上の高齢者を、超百寿者と呼んでいるそうですよ。

今日は、超百寿者についてです。

夫の妹が東京に住んでいて、

そのお隣さんに明治42年生まれのおばあちゃんがいらっしゃいます。

90代後半まで一人で都心に出かけ、

観劇、歌舞伎、コンサートなどを楽しむ元気な方だったそうです。

よくお話しをする方だったそうですが、

百歳を過ぎるころから、デイサービスに出かけるときに顔を合わせても、

反応がなくなってしまったと聞いています。

それでも、週に1~2回は車椅子でデイサービスに行っているそうですから、

元気に過ごしていらっしゃるようですね。

今年、106歳ですよ・・・

もう一方の超百寿者は・・・

知人のお兄様が九州に住んでいて、奥様のお母様が明治42年生まれで、

一緒に住んでいるそうです。

元気な明るい方で、健康そのもの・・・

楽しく毎日を過ごしているそうです。

家族は、その長寿に驚いているそうです・・・

まあ、どうしてこんなに元気なの?

いつまでも明るくいられるの?

今年、106歳になりますね・・・

共に在宅で暮らしている超百寿者です。

誕生日が来れば102歳になる扶美さん、今日はとても元気です。

午前中に、月に一度のケアマネさんの訪問があり、笑顔で応じていましたよ。

「ありがとうございます。」

「お気をつけてお帰り下さい。」

などなど、思いつく言葉を並べていました。

昨日、眠りこけていたので、心配になりましたけど、

今日は元気いっぱいで安心しました。

午後の往診もいつも通り、先生と笑いながらの会話でしたよ~

お肌のつやが良いですねと褒められても、

良く聞こえなかったらしく、平然としていましたけどね。

雲一つない青空が広がっていますよ。

夏ですね~

海日和ですね~



レモンバーベナを収穫しました。冷たいお水に入れるとレモンの香りが移ります。
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爽やかで水が美味しくなります。



スープセロリのキアゲハの幼虫。
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小さいうちは、鳥の糞の擬態だそうですが、なるほど・・・ですね。


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by gutsuri | 2015-07-21 19:00 | 長寿 | Comments(2)