百寿者と一緒の暮らし gutsuri.exblog.jp

介護の極意は喜ばせること。2013年7月に満百歳になった母と共に花や音楽から元気をもらっています。無農薬、無肥料でバラを育てています。母は2016年11月に103歳4カ月で旅立ちました。。


by gutsuri
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カテゴリ:長寿( 35 )

身体の舵が切り替わる時

昨年の9月のこと、母が私にこのように話しています。

「私ちょっとね、病院に行った方が良いのではないかと思うのだけれどね・・・」

「どうして? どこか具合が悪いの?」と私が聞くと、

「いや~、ちょっとね・・・体力がないような気がしてね・・・」

これが母の答えでした。


2016年9月19日の「ジェロントロジーとアクティブエイジング」というタイトルの記事の中の話です。

何度この日の記事を読み返したことでしょうか・・・


母の年代の人の多くが、体調不良や多少の痛みや苦しさなどを物ともしない強さを持っていて、

もちろん母もその一人で、

4年間の介護の間、具合が良くないなどと母が口にしたことを聞いたことはなく、

この日、珍しく弱音を吐いた母を見て、

母も歳をとったものだなあ~と、私はそのような感覚でこの言葉をとらえていただけでした。


今年になって、時間があるときなどに、以前のブログ記事を読むことがありますが、

いつもこの記事で引っかかるのです・・・

母はちゃんとシグナルを出していたと・・・

私が気が付かなかっただけなのだと・・・

母は身体の異変を感じることが出来るほど、身体や意識が健康であったこと。

それに対し私は、元気づけて終わりでした。

そして、ジェロントロジーなるものを紹介しています。

ジェロントロジーとは、「老年学」であり、

老人と言えども、一人の生きた人間として、

その人が自信を持って生きていけるように、接すること、

このように書いています。


介護の記録として、ブログを書いていて良かったと思います。

後から読み返すと伝わってくることがありますね~

この2~3日後に、小さな取材が母にあったので、

母に元気になってもらいたくて必死で励ましている様子まで、手に取るようにわかります。


全体の流れとしてみると、この日を境に母の身体は下降していったように思います。

この日から、母の身体は舵を切り替えた・・・

生命が閉じる方に向かっていった・・・


「体力がなくなるような感じ」とは、どのような感覚なのでしょう・・・

その感じを捉えることが出来て、それを私に伝えることが出来た・・・

それが、扶美さんらしい・・・と感じています。

この日から生命が閉じるまで2カ月かかっていますね。

徐々に・・・徐々に・・・閉じていった・・・

穏やかに・・・

平和に・・・




2月18日の夕日
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素敵な一日をお過ごしくださいね!






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by gutsuri | 2017-02-21 07:00 | 長寿 | Comments(0)
「生老病死」という言葉は仏教用語でした。


1月15日の記事、「健やかに逝く」で書きましたが、

母の49日の法要の時に、

住職さんが「生老病死」という文字を書いた紙を見せてくださいました。

そして、「人は生まれ、老いて、病気になり死んでいきます。人の一生とはこのようなものです。」

このように言われました。


2月に入って、何かを調べているときに、

「生老病死」という言葉が、仏教用語であることを知りました。


お釈迦様の教え、仏教で基本となるのが諸行無常という考え方です。
この世に存在するあらゆるものに常なるものはない、いつまでも
元気に生き続ける生き物はいないというものです。そんな諸行無常の
世界を生きている我々にとって避ける事ができないもの。
それは生老病死という四つの苦しみです・・・日々是好日より引用


私は49日の法要の時には、

「生老病死」とは住職さんが自分で考えた言葉を半紙に書かれたものだと思ったのです。

法要が終わった後のお寺の座敷での雑談でしたが、

母の最期の様子を簡単に説明したり、

4年間の介護生活を、母がどのような気持ちで過ごしていたかなどを話しながら、

「健やかに逝く」 「健康な死」 「幸せな死」 「死ぬ日を最高に持っていく」など

このような言葉に出会い、それに沿った在宅看取りの準備をしたこと、

そして、母は満たされながら(そのように思えました)死に至ったことなどを話しました。

お医者様は、自然死とか老衰とか言われましたので、

母の場合は、「生老衰死」とか「生老幸死」などという言葉が浮かびますと

私の気持ちを住職さんに話したのですよ。

今にして思えば、冷や汗ものですが・・・・

その時には、「生老病死」という言葉は母に似合わないと思いました。


仏教用語の「生老病死」という言葉が意味するものは何となく理解できますが、

それでも、今現在生きていて間違いなく死に向かって歩いている私たちは、

前回のyoutube、ジェーン・フォンダのTEDトークのように、

身体の衰えは受け入れても、

精神やスピリットは年老いてもなお成長してくれるそうですから、

そちらに磨きをかけて、活き活きとして、溌剌として、

驚くほどに伸びた寿命を、楽しむ余裕を持っていたいものだと思います。

エイジングに抵抗することなく、

コンシャスエイジング、アクティブエイジング、サクセスフルエイジングなどという言葉が示しているように、

加齢の良いところに焦点を当てて、

加齢と仲良くしていきたいものだと思います。


加齢イコール病気とは限らないので、

「生老衰死」や「生老幸死」も、夢ではないと思うのですが・・・


「生老病死」は仏教用語ですが、
「生老衰死」と「生老幸死」は私の造語です。
この世に生まれ出て、老いていき、幸せを感じて、死んでいく・・・これが「生老幸死」です・・・



そして、昨日の寒かったこと。

雪が降りましたね~

外出していましたが、帰宅時の外気温は1度でした。

底冷えのする寒さでした。



八重の日本水仙です。良い香りを放ちます。
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みなさまに良いことがありますように!






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by gutsuri | 2017-02-11 07:00 | 長寿 | Comments(0)

母が百歳になってから、

百歳からはどのようなことに気を付けて暮らしていけばいいのかしら・・・と

ネットでいろいろと調べているときに、

「老年的超越」という言葉を知りました。

テレビでも取り上げられている言葉ですから、ご存知の方もいらっしゃると思います。


老年的超越とは、

「百歳を過ぎた方の多くが、豊かな精神世界に生きている」ことです。

多くの百寿者が、ありとあらゆることに幸せを感じていて・・・

これは多幸感と言われますが・・・

今の自分に満足したり、

自分の人生を肯定的にとらえたりと、

百歳を超えた多くの方が、

満たされて、穏やかに、平和な心で、日々を感謝して過ごしているそうですよ。


百歳を過ぎた方の多くが幸福感を持っていらっしゃる・・・

ということは、その逆もまた、あり得るのかしら・・・

幸福感を持って過ごしていると、百歳までも長生きできる・・・ということなのかしら・・・

幸せを感じていると、病気になりにくい?

ひょっとして・・・そうなのかなあ・・・


百寿者の母の老年的超越の状態を間近で見ていて、

「ありがとう、ありがとう」「感謝だね~」「お世話になりますね~」「本当にありがとうございます」

このような言葉を連発する母を見ていて、

気持ちや心が、身体を引っ張っている様子が見えるような気がしたことがあるのですよ。

心と身体は繋がっているどころか、

心が身体を引っ張っているようすが、

手に取るようにわかることがありました・・・


スピリチュアルでは、恐れや不安や怒りの感情は良くないと言われていて、

例えば、怒りを感じると体内である種の毒素が生成されるそうですから、

感情に気を付けるに越したことはありません。


私は4年間の介護でしたが、

そこにはたくさんの発見がありました。

今思えば、山のような洗濯物を抱え、

時間に縛られ、時間に追われ、

それでも、母の笑顔を見るとホッとして、

百歳を生きる母を頼もしいと感じていました。

介護したからこそ、ネットや本で語られているいろいろな知識を、

実感として、感じることが出来たと感謝しています。



今日の夕日
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四日月と金星です
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今日、夕食の後、四日月と金星を眺めながら散歩しました。
その時に、月と金星の丁度中間辺りに、赤みを帯びた星が見えましたから、
火星かも知れないと帰宅して調べたところ、やはり火星でした。
この写真には火星は写っていませんね。
明るさは、金星は-4.5等星で、火星は一等星です。








みなさまに良いことがありますように!






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by gutsuri | 2017-02-01 20:53 | 長寿 | Comments(2)

今、時間があるときにパソコンで、写真の整理をしています。

母の写真が時々出てくるのですよ~

撮ったことを忘れている写真がありますね。

そして、このような本を読んでいたことを思い出しました。
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この本はもう手元にありません。

2~3回読みましたから処分したのを覚えています。

そのころ「健やかに逝く」とか「健康な死」という言葉に出会い、

母を介護していて、そのような「幸せな死」を迎えたいと考えていたので、

それに関することを調べていたのです。


先日、母の49日の法要の時の住職さんのお話です。

法要が終わってお寺の座敷で雑談をしているときでしたが、

住職さんが「生老病死」という言葉が書かれた紙を見せて、

これが人間の一生だとおっしゃいました。

「生まれて老いて病気になり死ぬ」

これが人間の一生なのだそうです。

住職さんは70代、4~5年前に息子に仕事を譲り、ゆったりと暮らしていらっしゃると思っていましたが、

2~3年前に大病をし、大変な思いをなさったそうです。

そう言われれば、痩せただけでなく一回りも二回りも身体が小さくなり、

声にも力が入っていなかったですね。

ご自身の体験から生まれた「生老病死」という言葉は説得力がありました。


母の「幸せな死」を目指してきた私は、

母を4年間介護してきたことから見えてきたいろいろなことを、

何から話せばよいのかとっさに判断できませんでしたが、

たくさんの人がいればたくさんの人生があるということ、

一つのルールで括るとすると、はみ出すものが出て来ることなどを思いながら、

母の法要ですから、母のことを話しました。

母は、病気知らずで103歳まで生きたこと。

私が望んでいた通りの「幸せな死」を迎えることが出来たこと。

お医者様は、母の死を、「自然死」とか「老衰」とか言われたことなどから、

「生老衰死」または「生老幸死」などという言葉も作れますよと言いました。


そうでしたか・・・

それは良かったですね~

幸せな一生でしたね・・・

と、その話はそこで終わりました・・・


社会で活躍なさっている方々は、たくさんのストレスを受けたり

精神的にも体力的にも疲労が蓄積しますよね。

小さな世界にいても、知らないうちにどこかの細胞が傷ついているかもしれません。


病を近づけないために・・・

健やかな死を迎えるために・・・

それにはやはり、母なる自然を敬うことではないかと、

私はここに辿り着くのですよ・・・


今日の夕日です
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by gutsuri | 2017-01-15 21:47 | 長寿 | Comments(2)

老年的超越

土曜日の夕食後、ちょっと動画でも見ようかしら・・・・とパソコンでスピリチュアルの動画を見ていて、

用事を思い出したので途中で止めようとするも、

マウスを動かしても画面が変わらず・・・フリーズしたままになりました。

あ~あ、またパソコンがおかしくなってしまった~とガッカリ・・・

次の日電話でいろいろと問い合わせると、マウスの故障だということがわかり、

家電量販店にマウスを買いに行き、一件落着。

今回は簡単に直り、本当に良かったです。

パソコンはいつも通りサクサクと動いてくれます。

マウスが新しい分、いつもより動きが早い様にも感じられて、嬉しいですよ。

パソコンが動かなければ、何か調べようと思っても、どうにもなりません・・・

メールのチェックもできないですし、ブログもかけませんし、

パソコンが動かなくなって、私の日常はどれだけパソコンに頼っているのか、

はっきりと見えてきます。

家電量販店などあまり行くところではありませんが、

マウス一つを買いにはるばる出かけていきました~


土曜日にテレビで、百歳を超えた方々の特集がありました。

わが国では、百歳を超えた方を百寿者と呼びますが、

海外では百歳を超えた方をセンテナリアン(一世紀を生きた人)と呼ぶそうです。

どちらの呼び方も、百歳を超えた方に対して敬意を表している素敵な表現だと思いました。

元気なセンテナリアンの姿は私たちに勇気を与えてくれますね。

番組の終わりに老年的超越についてのお話があり、

百歳を超えた方の多くが、その境地に入られるそうですが、

103歳の母が今まさにその老年的超越の真っ只中なのですよ。

「ありがとう」 「良かったね」 口から出るのはこのような言葉だけなのです・・・

そして、いつもニコニコしていて穏やかです。

母が幸せそうに見えるのですよ。


家族とときどきこう話しています。

きっと母が私たちに教えてくれているのよね。

いつもニコニコ、穏やかでいること。 周囲に感謝すること。

そうすれば、健康でいられるよと・・・


難しいときもありますが・・・

基本これで生きたいですね・・・


イモーションブルー
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レオナルドダビンチ
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by gutsuri | 2016-10-31 07:00 | 長寿 | Comments(2)

感謝モードのスイッチ

今は週に3回ヘルパーさんに来て頂き、朝の着替えとおむつ替えをお願いしていて、

それ以外の日、週に4日は、私が母の朝の着替えなどをしています。

母は今、感謝モードのスイッチが入った状態で、

何かことあるごとに「ありがとう」や「ありがとうございます」の言葉が口から出てきます。

ところが先日、私が母の着替えや清拭をしたときには、何と、拍手でした~

「ありがとうございました~」と言いながらの長~い長~い拍手でした。

よほど気持ちが良かったのでしょう・・・・

鳴りやまない拍手に、私も応じましたよ~

「今日の扶美さんは、思うように動いてくれたから、私はとてもやり易かったのよ。

良く動いてくれた扶美さんに、私からも拍手~」と言って、私も拍手をしました。

しばらく二人とも拍手をしていました・・・・笑ってしまいます・・・

他の人が見たら何と滑稽なシーン・・・と頭に浮かびましたけどね。

まあ、いろいろなことがあります。

昨日は、お昼寝の目覚めがご機嫌だったので、「気持ちよく眠れたの?」と聞くと、

「気持ちよく眠れた~」と笑顔で答えが返ってきました。

ずっとご機嫌でしたよ。

母は素直に喜んだり、自分の気持ちを正直に話したりするタイプではありませんでしたが、

昨年あたりから段々と、ボケ具合が進むとともに、

子供のころに戻ったような、童心に帰ったような、そのような素直さがみられるのです。

加齢とともに体力は落ちていき、またボケ具合も進んでいきますけど、

身体と心って加齢とともに衰えるだけではなくて、

加齢とともに変化していく何か隠されたものがあるように感じています。

勿論、それは好ましい変化であり、周囲を温かくするようなものであり、

本人にとっては生きる喜びに通じるものだと思います。


私がしている母の着替えや清拭は、午前中の1時間をかけています。

のんびりとマイペースでしているので、時間がかかるのです。

熱々タオルで身体全体を拭き、そのあと、クリームを付けて全身を軽くマッサージします。

脚や足は特に念入りにしますよ・・・3年10か月も歩いていませんからね・・・リフレクソロジーの要領です。

母は熱々タオルで身体を拭くのが好きですね。

背中をゴシゴシすると喜びます。

でも、適当にやっていますよ・・・疲れない程度にです・・・母も私も・・・



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クレアオースティン
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シスターエリザベス
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by gutsuri | 2016-10-03 07:00 | 長寿 | Comments(2)
昨夜の母との会話です。

「私ちょっとね・・・病院に行った方がいいのではないかと思うのだけどね・・・」と母。

「どうして?どこか具合が悪いの?」

と言いながら、私は母のおでこに触ったり、手の脈を見たり・・・・普通です・・・

「いや~、ちょっとね・・・体力がないような気がしてね・・・」と母。 

体力がないって? 笑ってしまいます~

「体力がないって・・・・運動会で徒競走でもするつもりなの~ 綱引きに参加したいの~

扶美さん、いつも通り元気よ。こうやって普通に生活ができているじゃあないの。

自分でご飯を食べて、好きな雑誌を読んで、のど自慢を見て・・・

自分がやりたいと思っていることを自分でできているから、それで十分よ。

自分がやりたいことを自分でできている人は、病院に行かなくてもいいのよ。」

そのように母に言うと、

「そうだね~」と言いながら、母は笑顔になり、自分なりに何か考えている様子でした。

そのあとも、私は母を褒めましたよ。

「扶美さんがメガネなしで新聞を読んでいるのは、本当にすごいことなのよ。

皆、素晴らしいと言って驚いているのよ。」

夜寝る前には、母を褒めます・・・母が笑顔になるまで・・・

母の健康にとって、夜の睡眠がどれだけプラスの作用があるかということが、

この夏、はっきりと感じられたのです。

だから、良質の睡眠をとってもらいたくて、

寝る前には母をいつもご機嫌にして、良い気分のまま睡眠に入ってもらいたいと思っています。


ジェロントロジーとは、老年学とか加齢学とか、そのような意味だそうですが、

ジェロントロジーの紹介のような本を昨日読みました。

老人と言えども、一人の生きた人間として、その人が自信を持って生きていけるように、接すること。

当たり前のことですが、当たり前のことがいつもできるとは限らないので、

気を付けようと思います。

私はサクセスフルエイジング(幸せな歳の取り方)という言葉がお気に入りだったのですが、

アクティブエイジングの方が加齢と仲良くアクティブに過ごすという意味が含まれるので、

アクティブエイジングという言葉が今はお気に入りです。


今日は敬老の日ですね。

我が家はいつも敬老の日のようなものなので、特別に何かするということはありませんが、

今日は、夜寝る前だけでなくて、昼寝の前にも母を褒めようと思っています。

私が覚えていたらですが・・・

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by gutsuri | 2016-09-19 07:00 | 長寿 | Comments(0)
昨日の朝、母は着替えを済ませた後、また、ボタンをはずし始めました。

ヘルパーさんが言われる通り、全部のボタンをはずしてしまいましたよ。

私が着替えをさせているときにも、そのようなことがありました。

母は自分で着替えようとという意志がまだあるので、

ボタンをはずしたり、ボタンをかけたり、

手を袖から引き抜いたり、袖に手を入れたり、

でも、たまに間違ったところに入れ、再び入れなおしたりと、

自分で出来るところは自分でしています。

が、時々着替えを終えたことを忘れて、また着替えようとしているのです。


夜寝る前には、入れ歯をはずしてポリデントの液に浸しておきます。

ポリデントの液を目の前におけば、母は自分から入れ歯をはずして液に浸していました。

が、最近は、ポリデントの液を目の前に置いただけでは、

それが何のことか母はわからないのです。

そこで私が説明をします。

「明日の朝起きたときに、きれいな入れ歯を口に入れられるように、

夜は入れ歯をはずして、ポリデントの液に浸しておくのよ。」

そのように説明すると、母は入れ歯に気が付き、自分で口から出します。

説明が必要になりました。


食事は自分でお箸で食べることが出来ています。

見ているとご飯茶碗が重そうに見えます。

ごはん茶碗を左手で支えていますが、それが重くて苦労しているように見えるのです。

軽いごはん茶碗が必要ですね。

そして、こぼす量も増えました。

エプロンにおかずがあちらこちらについています。

いつもではありませんけどね。

勿論、ほとんどこぼさない日もありますよ・・・・

母はどうもこぼしたことに気が付いていないようです。

こぼしたことがわかっていないって、高齢者ではあることなのですね。


最近、いろいろなことが目に付き、母の衰えが気になってきました。

でも、まだ母は元気に毎日を過ごしています。

そして、ことあるごとに私に「ありがとうございます」とお礼を言うのです。

毎日何度も母から「ありがとう」と言われています。

間違ってボタンをはずしても・・・

入れ歯を外すのがわからなくても・・・

おかずをエプロンにこぼしても・・・

それでも、「ありがとう」と言えるボケは、素晴らしいと思うのです。

ボケていても「ありがとう」というのは忘れないのですから・・・



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レオナルドダビンチは暑さに強く虫にも強いです。
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by gutsuri | 2016-09-10 07:00 | 長寿 | Comments(0)
9月4日の朝刊に大きく本の広告が載っていました。

人はいくつになっても、美しい
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部門でベストセラーらしいので、多くの方がご存知の本だと思います。

が、私はこの本のことをまったく知らなかったので、興味が湧いて、

広告の文字をすべて読みました・・・・時間はたっぷりありますから・・・
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読みにくいですから、拡大しますね。
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新聞の紙面がしわくちゃです・・・

母が新聞を読んだ後はこのようになっていることが多々あります。

シワクチャだということは母が新聞を見たということで、

紙面がきれいなままだと、新聞に目を通していないとわかります。

新聞の紙面は大きいので、母は紙面を折ったり、手前に引き寄せたり、

その引き寄せ方によっては紙面がシワクチャになったりしますが、

母に好きなように新聞を読んでもらっているので、この有様になります。


本の話に戻りますが、「人はいくつになっても美しい」、この本の広告を見て、

詳しく書いてあるこの本の紹介文を読んでいるだけで、

自ずと姿勢を正してしまいますね・・・

「美しさはこころに宿るものです。
いつもワクワクすることを心に思い描いて、
キラキラした目で世界を見続けていれば、
その心の輝きは必ず顔に現れます。
私の目に映る世界は、今日も喜びと驚きに溢れています。」


この本の新聞広告には訳者が載っていなかったので(ちょっと変ですよね)

アマゾンで調べたりしていると、

アクティブエイジングという言葉や、ジェントロジー(老人学)という言葉を知りました。

もう、アンチエイジングの時代ではないですね。

アクティブエイジングなのですね~

流れに抗わない・・・自然に寄り添う・・・加齢を困るものだと思わない・・・加齢と仲良くする・・・

サクセスフルエイジング(幸せな歳の取り方)という言葉が私のお気に入りですが、

アクティブエイジングという言葉もなかなか魅力がありますね~

英語ではこのように二つの言葉を合わせた素敵な造語が出来ていますから、

日本語でも何か素敵な言葉を作れますよね・・・きっと・・・


以前、テレビだったと思いますが、

老人ホームに美容師さんがやってきて、女性の方にお化粧をしているのを見たことがあります。

お化粧をしてもらって、美しくなった方はみなさん、

「嬉しいです。」

「幸せです。」

「きれいになった自分が輝いて見えます。」

などと、口をそろえて笑顔で喜んでいらっしゃいました。

たかがお化粧・・・などと思いますが、

お化粧をすると、自信に溢れた様子に変身するのです。

照れている方も中にはいましたが、それでも本当に嬉しそうでした。


「人はいくつになっても美しい」という本の広告の中で、

「いつもの場所にも、おしゃれをして出かける」という言葉があります。

ご近所さんで、いつも美しくしていらっしゃる方がいます。

それが彼女の人生哲学だと思って、素敵な生き方だなと、ただ単にそう思っていましたが、

これって案外大事なことなのかもしれないなあ~と本の紹介を読みながら感じています。

いつも美しくあることは生きる姿勢につながっていくのですよね。

美しい生き方とは、表面だけのことではなくて、中から溢れ出ているものから生まれる自信と輝き!

表面を整えることで生まれる自信と物事に向き合うときの前向きの心。

気を付けたいですね~


レモングラスティー
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レモングラスが大株になりすぎて場所を取っていたので、株を四分の一に減らしたら、
元気がなくなり枯れたかとあきらめていたのですが、葉が出始めました。


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by gutsuri | 2016-09-06 07:00 | 長寿 | Comments(0)
母は今でもよく雑誌を読んでいます。

ベッドの中で他にすることがないので、雑誌を手に取り、

気に入ったページを眺めています。

私はそのためにいろいろな雑誌を途切れぬように買っています。

大した雑誌ではありません。小さな雑誌も多々ありますよ。

読み終えたころを見計らい、またその本に飽きたように見えるときに、

新しい雑誌を母に渡します。

すると、母が声を上げるのです。

あら~ とか、うわ~ とか 喜びの声を上げます。

昨夜、何気なく私は母の雑誌を手に取り、パラパラとページを最後までめくると、

介護百人一首というページに目が留まりました。

その一首をみて、嬉しくなりました~

娘のことをお母さんと呼ぶところが我が家と同じだからです。

その一首をご紹介しますね。

百六歳の 母が娘に 礼を言う
   「育ててくれて ありがとうおかあさん」




我が家の母も、私のことを人に紹介するときには、

「これは私のお母さんです」と言います。

初めは驚きましたけどね。

母が101歳のころから、私は母の「お母さん」になりました。

母がそういうのですから、それでいいのです。

はい、私は母のお母さんです。

私の介護はそれほど温かいものではありませんが、

そう言ってもらえて、そのように感じてもらえて、嬉しいですね。

その場にいた人は皆笑っていますけど・・・・

中には「逆でしょう~」などと言う人もいましたけど・・・

母の世界は母が作り上げたものですから、それでまったく問題はありません。

そして、この介護百人一首を見て、ここにも同じような方がいらっしゃいましたよ~

この方は百六歳という超百寿者でいらっしゃいます。

お世話をする娘さんを、お母さんと呼んでいます。

そして、その「お母さん」に「ありがとう」と言ってらっしゃいますね。

老年的超越の良い例ですよね。

私の母もことあるごとに私に「ありがとう」と言います。

お礼を言われると、介護していてよかったと思います。

母も老年的超越の域に達しているようです。

感謝の日々を過ごしていますから、ありがとう~、すみませんね~が自然に口から出てきます。

面白いものだと思うのです・・・

歳を重ねるということが・・・

百年という年月が・・・

「百年生きたものには神が宿る」と言う言葉を往診の先生から聞いたことがありますが、

歳を取るとか老化とか老いとか・・・これらはいろいろなものが含まれ重なっていますから、

加齢はマイナス面だけではありません。

アンチエイジングと言いながら、肩ひじ張って老いに抵抗しなくても良いのです。

以前、百寿者で検索した時に、幸せな歳の取り方(サクセスフルエイジング)という言葉を知り、

加齢とは、マイナス面ばかりではないと思うようになりました。

百寿者をそばで見ながら世話をしていて、心からそう思うようになりました。


ラジオ深夜便9月号から
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by gutsuri | 2016-08-27 07:00 | 長寿 | Comments(0)