百寿者と一緒の暮らし gutsuri.exblog.jp

介護の極意は喜ばせること。2013年7月に満百歳になった母と共に花や音楽から元気をもらっています。無農薬、無肥料でバラを育てています。母は2016年11月に103歳4カ月で旅立ちました。。


by gutsuri
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カテゴリ:介護( 179 )


我が家の4年間の母の介護生活の中で、

ヘルパーさんには本当にお世話になりました。

母は毎日来て下さるヘルパーさんを心待ちにしていて、

ヘルパーさんとの時間を楽しんでいましたよ。

ヘルパーさんと話している母の明るい声が私のところまで聞こえてくると

本当に嬉しくなりました。

外出はできないけれども、ヘルパーさんと接することで、

外の風を感じていたのかもしれませんね。


ご近所のバラ友さんのお話です。

離れたところに90代半ばのお母様がお一人でいらっしゃいますが、

お母様もヘルパーさんが来られるのを楽しみにしていらっしゃるそうです。

ヘルパーさんが来られると「さあ、お茶にしましょうよ~」と誘われるそうですよ~

お母様のお気持ちが伝わってきますね。

お弁当も毎日届くように手配してあり、

配達してくださる方との、ほんの一言二言の会話に

お母様はどれだけ活気づけられていることでしょうね。

ほんの些細な話、お天気とか季節とか・・・このような会話が出来るだけで、

気持ちに張りが出て自信につながります。

自分の家で暮らしたいと願っている高齢者が、自分の家で暮らすことができる・・・

これは、大きな喜びです。

そして、これは、支えてくださる方があればこそです。


ヘルパーさんは家事や介護がメインのお仕事ですが、

高齢者が求めているものは、案外、言葉の交流なのかもしれません・・・

家事や介護よりも、対等の立場で話を交わすこと・・・

何気ないおしゃべり・・・

これが一番、高齢者が求めていることではないでしょうか・・・




今日の夕日
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28日が新月でしたから、今日は二日月です
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by gutsuri | 2017-01-30 22:02 | 介護 | Comments(0)

80代夫婦の夫の方(夫の兄です)が、昨年の暮れ、都心の老人ホームに入居しました。

先週夫が見舞いがてら、入居した兄の様子を見にいってきたのですよ。

事前に聞いた話では、うらやましいと思うような老人ホームで、

そのようなところに入れてよかったねと話していたのです。

ホームでの兄は思いのほか元気で、ようやくホームの生活に慣れたところ、

あれこれ話は弾んだそうですが、

初めのうち、兄はホームシックで家に帰りたくてたまらなかったそうです。

兄はここ1年くらいで急に脚が弱り、歩くのが不自由になってきて、

兄嫁の負担が大きくなってきたので、

このままでは二人が共倒れするのではないかと周囲が危惧して、

兄がホームに入居することになりました。

「そうなんだよ。周囲のことを考えて老人ホームに入ったんだよ」

そのように語る兄は寂しそうで切なかったそうです・・・

自分の気持ちに整理を付けながらの語り口で・・・

帰宅して様子を話す夫も口数少なく元気がなかったですね。

身内の中では兄は一番身近な人ですから・・・


その日、義兄(夫の姉の夫、姉は他界)のことを思い出して、義兄に電話しました。

病を抱えてはいますが、自宅(二世帯住宅)で闘病しています。

「おかげさまでどうにか頑張っていますよ~ 身体の様子を自分で感じながら

薬の加減や身体に刺激を与えたりといろいろやっています。自宅に勝るところはありません」

このように話す義兄の声は力がありました・・・


親の介護と夫の介護と自分の介護。

介護にはいろいろな形があります。

そして、いろいろな老いがありますね~

どの老いも、それぞれの生き方なのですよね・・・

同じ老いの形などありません・・・

みんな違っていていい・・・

人は皆、違うのだから・・・



今日の夕日
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by gutsuri | 2017-01-22 21:55 | 介護 | Comments(1)

音楽療法と認知症

百歳を過ぎてからの母は、

朝の目覚めの時にちょっと着地を間違えると、機嫌の良くないことがたま~にですがありました。

気持ちよく目覚めたのだけれど、ついまたウトウトしてしまい深い眠りに入った場合、

起こすと機嫌が良くなかったですね。

毎朝ヘルパーさんが来られるので、その時間には起きていてほしいですから、

そして母はヘルパーさんとの会話を楽しみにしていましたし、一緒に歌ったりもしていましたから、

ヘルパーさんとの時間を心待ちにしていたのですよ。

でも、寝起きが良くないときには、ヘルパーさんへの拒否がありました。

「私は今日は着替えはしません。あちらを向いてとかこちらを向いてとか、そんな気分ではないのよ~」

尖った顔をしてこのように言うのです。

このような時には手早く用事を済ませて終わりにしていました。


そして、ヘルパーさんが帰られた後、大きな音でお箏のCDをかけるのです。

母は、始めの1分くらいはキョトンとしていますが、

すぐにその曲に気が付いて真剣な面持ちになり、段々と穏やかな、いつもの顔に変化していきます。

CDの曲が全部終わって、50分くらいでしょうか、母に声をかけると笑顔で応じてくれるのですよ。

いつも通りの母になっています。

音楽ってすご~い!

母は筝曲の「六段の曲」が好きでしたから、このCDは3枚あります。

かけすぎてCDに傷がついたり、

表面に異常はないけれど、同じところに来ると引っかかるといった具合だったり、

毎日のようにお箏のCDをかけ

これらのCDには本当にお世話になりました。

「六段の曲」以外にも母は好きな曲がたくさんあるようでしたね。


毎日来ていただいたヘルパーさんを、最後の一年は週に3回にしたので、

ヘルパーさんが来ない日の着替えなどを私がしました。

着替え、おむつ替え、全身のマッサージなどを、午前中の一時間をかけてやりましたから、

その時にも、音楽が鳴り響いていましたよ~

私の好みの音楽を大音量でかけていました。

母はこの音楽にも耳を傾け、聴いていましたね~

バッハの曲が多かったように思いますが、母は楽しんで聴いていましたよ。


介護のサイトに書いてあります。

音楽は認知症に効果があるそうです。

私はまだ認知症ではないと自分では思っていますが、

音楽が流れてくると身体が反応しますね~

好みの曲だったら、心まで動かされてしまいます。

認知症に効果があるから、母にお箏のCDを聴かせたわけではありません。

母は音楽が好きで、お箏の曲も好きだったのでCDを買い、

母にたくさんの筝曲を聴かせていたのです。

母は最期までボケは少ない方だったと思いますが、

これも音楽のおかげかしら・・・と最近思ったりします。

音楽療法などという言葉に興味はありませんでしたが、

音楽療法という言葉が、最近気になっています。


これは母が刺繍した袋です。せっかくだからこれから使うようにします。
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by gutsuri | 2017-01-06 07:00 | 介護 | Comments(2)

母に余り求めないこと

以前のブログを読んでいると、

私の記憶は、本当におぼろげなものであって、

母のための介護を考えて、そのようにしていたと自分では思っていたのですが、

少し違っていたりしますね。

私は介護において、母はどうしてほしいのだろうと

常に母を主体にして考えていたと思っていましたが、

母にこのように振る舞って欲しいのにと、

私主体の介護を考えていたときが・・・どうも・・・あったようですね・・・


3年前と言えば、ベッドの暮らしになって一年がたったころ、

毎日朝と夕方来て下さるヘルパーさんを母は心待ちにしていて、

お世話になります・・・とか、ありがとうございます・・・などとお礼を言ったり、

一緒に歌を歌ったり、会話が楽しそうだったりと、ご機嫌でした。

一方、訪問入浴に対しては、

お世話になりますねと受け入れる場合もありましたが、

「今日はお風呂に入りたくない」とはっきりと自分で断る場合も多かったのです。

母は、話せば理解できる人だったので、いろいろと説明しましたよ。

でも、「今日は入りたくない」と拒否の姿勢を貫く母を、

みんなでさっさと入浴させていました。

訪問入浴のやり方に問題があるというわけではなくて、

訪問入浴は考えられる最善の方法だと感じていますが、

母は、人にお風呂に入れてもらうことに慣れていないので、それが嫌なのです。

ヘルパーさん2名と看護師さん1名の計3名の方にお世話になる入浴です。

せっかく来て下さる入浴の方に対しての母の態度が私は不満でした。


往診の先生に、訪問入浴を嫌がることを相談すると、

「それでいいのですよ~」と言われます。

すぐにはその言葉が飲み込めなかったのですが・・・

母が嫌なことを嫌だというのは、自然なことで、それでいいのだ・・・と初めて気が付きました。

母に余り求めない・・・

きちんと振る舞って欲しいのに・・・などと思わない・・・

でも、思っていたのですよね・・・私は・・・


母はうわごとの中でも「お風呂には入らないから・・・」とはっきりとお風呂のことを拒否していました。

そこまで、お風呂が負担だったのです・・母にとってはですけどね・・・

リハビリや往診を拒否したことはありません。

ヘルパーさんの拒否は、寝起きの着地がずれたときにはありましたね。

お風呂の拒否は、多かったです。

男性が入っている3人の方にお風呂に入れていただくには、

もし、私が入れていただくにしても、相当な理性と覚悟が必要になります。

周囲に気を遣わなくてはいけないですし、相当なエネルギーが要求されますよね。

百歳の高齢者には、そのエネルギーがなかったのだと思います。


また、高齢になればなるほど皺やたるみは増えますし、

裸を人に見せたくありません。

裸とはそういうものですよね。

母の世代では考えられないことだったのでしょう・・・


先生に相談して、目からうろこでした。

それでいいのですよ~

たくさんの高齢者を診てきた経験から生まれた先生の言葉です。

無理せず、ありのままで、自然体で、それでいいのですね。

高齢者にしっかりしてほしいなどと思わなくていいのです。

それでいいのですよ~

高齢者主体の介護ですからね。


イングリッシュヘリティッジ
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by gutsuri | 2016-12-20 07:00 | 介護 | Comments(0)

生きとし生けるもの

前回、フーちゃんを在宅看取りした時の様子を書き、

一つ忘れていたことがありました。

フーちゃんはず~っと、目を大きく開けたままでした。

呼吸が荒くなったときも静かになった時も、澄んだ瞳を大きく見開いたまま・・・

視界に私の姿が見えれば、穏やかな表情で私の目を見てみていました。

まるで私の心を見透かされているような感じでした・・・

犬は純粋で純真ですからね・・・

目が見えているのですから、周囲のことは最期までしっかりと理解していました。


生命の営みがだんだんと衰えていく様を目の当たりにして感無量で、

そして、旅立ちのあっけなさに言葉もありません・・・

生命を閉じようとその生命体が判断するのは、何が基準なのでしょうね。

そのトリガーになるものは一体何なのでしょう・・・

脳が判断するのでしょうか・・・

それとも心が決めるのでしょうか・・・・

十分生きた、これで良し・・・と決めるのは何なのでしょうね・・・


一年前にフーちゃんの看取りをして、

生命の不思議さに思いをはせ、

生命の尊さと儚さを経験しました。

愛するものが、この世を旅立ちあの世に行く準備をしているさまを見守っていると、

身体の仕組みの神秘さに目を見張ってしまいます。

私は輪廻転生を信じていますから、それに沿った解釈ですけどね・・・


老いてはいても健康体でした・・・

生命の営みは自然に閉じていく・・・

十分に生きた、これで良し、

潔く散っていくこの姿を、私は美しいと思いました。


生きとし生けるもの、皆がそうできるとは思いませんが、

そうありたいと願うこのごろです・・・


サンタさんを飾ると明るくなりますね。
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by gutsuri | 2016-12-16 07:00 | 介護 | Comments(2)

愛犬の在宅看取り

昨日は家に人が来て、在宅看取りなどの話が話題になりました。

その時に、我が家の犬を昨年の12月在宅看取りしたことにも話が飛び、

14歳と2か月で旅立ったフーちゃんのことを改めて思い出しました。


フーちゃんは柴と甲斐のmixで中型犬、病気知らずの元気な犬でした。

昨年の12月のある日、いつものように朝の散歩に行き、

いつものようにウンチとオシッコをして、いつものように家につきました。

14歳なので散歩は15分くらいです。

フーちゃんは散歩が大好きです。

そのあといつものようにごろごろとして日向ぼっこをしていたのですが、

お昼を過ぎた頃から、どういうわけかだんだんと、呼吸が荒くなってきて、

上半身を大きく上下させ始めたのです。

今までも何か食べたものを吐き出したい時など、このようにすることがあったので、

また、それなのかしらと思いつつも、

ちょっと感じが違うようにも思えたり、注意が必要だと思いました。

13歳後半くらいから、

「フーちゃんが老いて弱ってきたね。体力がなくなってきた。」などと、

度々夫と話していたのです。

毛布を二つ折りにして敷き、その上にフーちゃんを乗せ、

でも、楽な姿勢にしてあげたくて何度も抱え上げたので、

13キロのフーちゃんは重かったです。

私の目をまっすぐに見て、何か、フーちゃんは全てわかっているという感じがしました。

荒い呼吸はしばらく続き、これはやはり普通ではないと思って、

すぐに夕食の支度を始めました。(今考えると可笑しいですね)

その後でゆっくりとフーちゃんに付いていようと考えたのですが、

気が付くとフーちゃんが 台所の近くまで這って来ていました。

呼吸がだんだんと静かな呼吸に変化しているように感じられたので、

また、フーちゃんを楽な姿勢にしてあげようと思い、抱え上げると、

フーちゃんの下半身が弛緩していました・・・

フーちゃんは旅立ちの準備をしている・・・

それからずっとフーちゃんのそばにいて見ていました。

静かな呼吸がもっと静かな呼吸に変化していき・・・・

その間も、フーちゃんはずっと私の目を見ていました・・・

フーちゃんの目は全てを了解している眼でした・・・

静かな呼吸がもっともっと静かな呼吸になっていき・・・

気が付いた時には、呼吸が止まっていました・・・


フーちゃんの荒い呼吸に気が付いたのは午後1時、

夕食の支度をしようと台所に行ったのは午後3時、

フーちゃんが息をしていないのがわかったのは午後5時、

何という早い旅立ち・・・

往診の先生にこのことをお話しした時に、

「それは大往生ですね」と言われました。


丁度私がブログを中断していた5カ月の間の出来事です。

「母の在宅看取りの練習が出来たのよ」などと

人には冗談半分で話したりしていました・・・

が、本当の話になりました・・・

生き物の最期は・・・・同じでした・・・・・


ジャスミーナが咲いています
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by gutsuri | 2016-12-14 07:00 | 介護 | Comments(0)
扶美さんがいるときには、何かしらブログネタを提供してくれましたから

ブログを書くときに、それほど困ったことはありませんでした。

今は時々、以前のブログを読むことがあり、

99歳や100歳の時の母の元気さに驚いたり、

そういえば、こんなこともあったなあ~と、懐かしく思い出しています。


山を登っているときには、登ることに懸命で、

周囲の景色や見晴らしに、それほど注意を向けることはありません。

木漏れ日にちょっと足を止めたり、

吹き抜ける風が汗ばんだ顔に気持ち良かったり、

すれちがう人に会釈したり、

歩みを止めて一休みしたりしますが、

頂上まで登ることに意識は向かっていますから、

どうしても前に進むことに集中してしまいます。

頂上についてようやく、見晴らしを楽しみます。

遠くに見える山並み、重なり合う山々、流れ行く雲、青い空と太陽、

そして、自分が登ってきた道を振り返ってみると、

どこをどう辿って登ってきたのか、その道が見えるのです。

その山に、どのように上ってきたのか、

山のふもとから頂上まで細い線が見え隠れしながら繋がっている・・・

山の全体像と登ってきた細い道・・・

そして、周囲の山々とその山と・・・そして登ってきた道と・・・

全てのことがはっきりと見えてきます。


母が旅立ち、介護が終わった今、4年間の介護を振り返ってみると、

まだぼんやりですが、ようやく介護の全体像が見えてくるような気がするのです。

母の介護をしている最中には、付け焼刃的対応の介護でした・・・私の場合ですが・・・

やっつけ仕事的な対応を母にしていたことが今になってわかるのです。

私は健康オタクな方で、私なりのやり方で健康について気を付けていましたが、

それはあくまで「健康について」であって、

百歳を超えた高齢者の介護というものは、「健康について」の範疇を超えていますよね・・・・


山の頂上で登ってきた道の全貌が見えてくるように、

介護が終わり、そしてようやく私の介護の全貌が見えてくるような気がしています。

自分の介護を振り返ると、次のような気持ちがふと頭をもたげるのです。

もしもう一度、99歳の扶美さんの介護をするならば、

もっと広い視野を持って臨むことができるかもしれない・・・・

そして、もう一方で、

介護とはこういうもの・・・これでいい・・・

私の介護の不足分は扶美さんが自分で補っていた・・・


このブログについてですが、

これからは、私のやっつけ仕事のようだった今までの介護の様子など介護一般について、

そして、バラの花や夕日やスピリチュアルについて、

また、生き物や自然とのつながりについて、

いろいろ織り交ぜながら書いて行こうと思います。

「百寿者と一緒の暮らし」の主人公はいなくなりましたが、

今後ともこのブログをよろしくお願いいたします。


12月7日のソニアリキエル
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by gutsuri | 2016-12-10 07:00 | 介護 | Comments(2)
亡くなった母は認知症と診断されてはいませんでしたが、

何しろ高齢でしたから、百歳を過ぎてからは、やはりその歳なりのボケはありました。

が、しっかりしているところもまだ残っていて、

そして、私の介護はそれに頼っていたところが大きいので、

母に関することは、一つ一つ母に聞いてから決めていました。

「どうしたいの?」と聞くと、「そうだね~ これがいいね~」などと答えてくれました。

最期までしっかりしていた母ですが、

そのことを考えるたびに、訪問リハビリの先生たちを思い出すのです。


母は週に3回の訪問リハビリを受けていました。

訪問リハビリは40分間で、初めの10分は体温や血圧などのバイタルをチェックしますから、

リハビリの正味の時間は30分です。

99歳から歩いていないですから、股関節硬縮の症状があらわれ、

リハビリは、股関節硬縮のためのマッサージをメインにしていただいていましたが、

全身の関節や筋肉の動きなども常に看ていただき、

脚、足、腕などの動きとか、身体を支える力を付けることなど、

全身に刺激を与えて頂いていました。


リハビリをしている間は、いつも大きな音でテレビをつけ、

午前中なので美味しいものやお料理などが画面に現れるので、

「美味しそうですね~」とか「カニが並んでいますね~」など

テレビを見ながらリハビリの先生が話しかけます。

すると、母もつられて「あら、いいですね~ 食べたいですね~」などと

テレビを見ながら先生とおしゃべりをしていました。

私がいつも感心したのは、リハビリの先生の言葉の持っていき方です。

美味しそうですね~とか、甘そうですね~、しょっぱくないですかね~、

すっぱそうですね~、たくさんあって食べきれないですよね、堅そうですね、

柔らかそうですね、口の中でとろけそうですね、噛みごたえありそうですね、

苦くないですかね、などなど、言葉で母の頭に刺激を与えるのです。

リハビリの30分間、先生は話続け、言葉でも母に刺激を与えているのです。

先生の手は動いていて、また言葉でも母をリハビリしているのです。

「美味しそうですね」だけではなくて「すっぱくないでしょうかね」などと言われると、

自然に唾液が口の中に湧き出ますよね・・・

「しょっぱくないでしょうかね」と言われれば、塩辛さを口の中で味わったりします。

言葉でも刺激を与えることをリハビリの先生たちは訓練されているので、

次から次へ・・・先生と母の会話が途切れることはありません。

これには本当に驚きました。

この真似はなかなかできませんよ~

私も母と会話はしましたが、用事が済むと母との会話は途切れます・・・

耳の遠い百歳を過ぎた高齢者との会話が30分続くのは、プロだから・・・です。

母のリハビリは、身体のリハビリだけではなくて、脳への刺激のリハビリも同時進行でした。

そして、これを母は楽しみにしていたのです。

リハビリの先生たちとの会話が好きだったようです。

母が最期までしっかりしていたのは・・・

物事の判断がわりと出来たように思われるのは・・・

このリハビリの効果が大きく影響していたと信じています。

訪問リハビリとは、身体的な動きのケアだけではなくて、

五感に刺激を与えて、ボケ防止にも大きく役立っている・・・

リハビリの時間には、母の明るい声が聞こえてきましたから、

母は喜んでリハビリを受けているようでした。


在宅介護は大変なところもありますが(私の場合は外出が限られました)

ケアマネさんに相談すると、いろいろと提案してくださいます。

その方に合った介護をアレンジしてくださいます。

ヘルパーさんや訪問リハビリ、訪問入浴など本当にたくさんの方々のおかげで、

母は103歳まで幸せに生きることが出来たのだと思っています。

お世話してくださった皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。


昨日の夕日
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by gutsuri | 2016-12-08 07:01 | 介護 | Comments(0)
一緒に住んでいる高齢者に変化が起きて、

ヘルパーさんや訪問入浴や訪問リハビリを頼まなくてはならなくなったとき、

これは急なことが多いので、このことを前もって準備し、調べている方は少ないように思うのですが、

実は私もその一人で、そのようなことを全く考えたこともありませんでした。


何も知らないですから、まず、ケアマネさんと相談しますよね。

ヘルパーさんや訪問入浴の事業所をいくつか紹介してもらい、

それぞれの特徴を説明してもらっても、

体験していないことはよくわからなかったですね。

結局はケアマネさんに決めていただいたような気がします。

ヘルパーさんや訪問入浴のやり方は、大体決まっているようですが、

個人の好みのようなもの、相性のようなものはありますし、

事業所の方針は、微妙に異なっていたりします。


寝たきりになった母は、

毎日朝と夕方来て下さるヘルパーさんを心待ちにしていました。

ヘルパーさんとの会話を楽しみにしていました。

誰かが来てくれるというのは、嬉しいことなのですね。

介護保険を利用して

ヘルパーさん、訪問入浴、訪問リハビリ、ベッド、床擦れ防止エアマットなどが利用できましたから、

在宅で看ている家の者は本当に助かりました。


母が亡くなって、久しぶりに従妹(母の妹の娘)と話をしました。

我が家での母の様子をあれこれ話していて、

介護保険を利用することを母に納得させるのがすごく大変だったという話をしました。

母は「お国のために自分は何が出来るか」をまず考える人でしたから、

「お国に何をしてもらうか」など考えていませんでした。

その時89歳だった母は自分の考えを話し、自分のことは自分で決める勢いでしたから、

「この家では協力してやっていくのよ」とかなり強い口調で私が言い切ったのを覚えています。

叔母も同じだったそうです。 「お国のために何が出来るか」・・・です・・・

叔母は最期まで、90歳で亡くなるまで、介護保険を利用しなかったのだとか・・・

驚きました。

従妹は、「刷り込まれていた」と表現しましたが、

母や叔母は、そういう時代に育ったのですね。


穏やかで安らかな在宅看取りが出来たのは、介護保険を利用出来たおかげです。

在宅で介護すると、自分の好きなように介護をアレンジできますから、

介護する方もされる方も、ある程度の自由があるように思います。



ポンポネッラが咲いています
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by gutsuri | 2016-12-04 07:00 | 介護 | Comments(0)
母が99歳で転倒して歩けなくなってから私の介護が始まりました。

それまでは、歩ける間は、母は自分のことは曲がりなりにも大体自分で出来ていたので、

自分でできる間は自分でする方が母のためにもなると思い、

私が代わりにした方が時間がかからないし、手っ取り早い場合も多々ありましたが、

それでも自分で出来ることは母に自分でやってもらっていました。

私の介護が始まったのは、母が99歳で歩けなくなってからで、

母は103歳で亡くなりましたから、私の介護生活は丁度4年間なのです。


母のベッド生活が始まったときには、私は介護のことなど何も知りませんでした。

老いのことも、介護保険のことも、ベッド生活のことも、医療のことも・・・

本当に何も知らなかったのです。

高齢者と一緒に住んでいたにもかかわらず、

介護については考えたこともありませんでした~

母はしばらくは元気でいてくれて、いずれは死んでしまうのだろうな・・・

このように考えても、この過程がどのような状況に発展していくのかなど、

想像だに出来なかったのです。

母は健康で薬を何も飲まず、外の空気が好きで、外出を楽しみにしていました。

でも膝を痛めていたので、月一で病院に行き、塗り薬を頂戴していました。

これだけでした。


母が99歳、ベッドが母の全世界になってから、私の介護生活が始まりました。

初めに私が思いついたことは、おむつかぶれには気を付けなくてはいけない・・・でした。

ポータブルトイレをできるだけ利用しようと思い、母と二人で頑張りましたよ。

この時母は体重が60キロ以上あり、

私は以前は自分では腕に覚えありの類だと思いますが(ジム通いしていました)

母をポータブルトイレに座らせることは難しくて(母を持ち上げることが難しく)

天井にレールを走らせることはできるの?

扶美さんを吊り上げたいのだけれど・・・

などと、家族に相談したことを覚えています。

掛け声をかけて母と一緒に、セーノーと大きな声を出して頑張っていて、

ついに私はぎっくり腰になり、

2週間後のお正月は、寝正月でした・・・


身体が不自由になるとはどういうことなのか・・・

ようやくわかってきたのです。


身近にいる人が歩けなくなり、

トイレに行けなくなり、

ポータブルトイレも使えなくなり、

紙おむつ使用になりました。


みんな、歳を取ると、病気になったり、身体が不自由になったり、

今まで当たり前だと思っていたことが出来なくなってしまいます。

このようなことは、一般論として、私はわかっていましたし、

一般論として社会に幅広く知られていることですが、

それってどういうことなのか・・・

身体が不自由になるってどういうことなのか・・・

母が歩けなくなって初めて実感できました。

もし、私が母の介護をしなければ、わからなかったことです。

自分の身が老いて、自分の身体が不自由になるまで、わからなかったことなのです。

みんな、いつかは、身体が不自由になるのですよね。

介護をして初めて分かることがある。

本当に、介護はたくさんのことを教えてくれました。


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バフビューティーが咲いています
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by gutsuri | 2016-12-02 07:00 | 介護 | Comments(2)