百寿者と一緒の暮らし gutsuri.exblog.jp

介護の極意は喜ばせること。2013年7月に満百歳になった母と共に花や音楽から元気をもらっています。無農薬、無肥料でバラを育てています。母は2016年11月に103歳4カ月で旅立ちました。。


by gutsuri

2016年 12月 02日 ( 1 )

母が99歳で転倒して歩けなくなってから私の介護が始まりました。

それまでは、歩ける間は、母は自分のことは曲がりなりにも大体自分で出来ていたので、

自分でできる間は自分でする方が母のためにもなると思い、

私が代わりにした方が時間がかからないし、手っ取り早い場合も多々ありましたが、

それでも自分で出来ることは母に自分でやってもらっていました。

私の介護が始まったのは、母が99歳で歩けなくなってからで、

母は103歳で亡くなりましたから、私の介護生活は丁度4年間なのです。


母のベッド生活が始まったときには、私は介護のことなど何も知りませんでした。

老いのことも、介護保険のことも、ベッド生活のことも、医療のことも・・・

本当に何も知らなかったのです。

高齢者と一緒に住んでいたにもかかわらず、

介護については考えたこともありませんでした~

母はしばらくは元気でいてくれて、いずれは死んでしまうのだろうな・・・

このように考えても、この過程がどのような状況に発展していくのかなど、

想像だに出来なかったのです。

母は健康で薬を何も飲まず、外の空気が好きで、外出を楽しみにしていました。

でも膝を痛めていたので、月一で病院に行き、塗り薬を頂戴していました。

これだけでした。


母が99歳、ベッドが母の全世界になってから、私の介護生活が始まりました。

初めに私が思いついたことは、おむつかぶれには気を付けなくてはいけない・・・でした。

ポータブルトイレをできるだけ利用しようと思い、母と二人で頑張りましたよ。

この時母は体重が60キロ以上あり、

私は以前は自分では腕に覚えありの類だと思いますが(ジム通いしていました)

母をポータブルトイレに座らせることは難しくて(母を持ち上げることが難しく)

天井にレールを走らせることはできるの?

扶美さんを吊り上げたいのだけれど・・・

などと、家族に相談したことを覚えています。

掛け声をかけて母と一緒に、セーノーと大きな声を出して頑張っていて、

ついに私はぎっくり腰になり、

2週間後のお正月は、寝正月でした・・・


身体が不自由になるとはどういうことなのか・・・

ようやくわかってきたのです。


身近にいる人が歩けなくなり、

トイレに行けなくなり、

ポータブルトイレも使えなくなり、

紙おむつ使用になりました。


みんな、歳を取ると、病気になったり、身体が不自由になったり、

今まで当たり前だと思っていたことが出来なくなってしまいます。

このようなことは、一般論として、私はわかっていましたし、

一般論として社会に幅広く知られていることですが、

それってどういうことなのか・・・

身体が不自由になるってどういうことなのか・・・

母が歩けなくなって初めて実感できました。

もし、私が母の介護をしなければ、わからなかったことです。

自分の身が老いて、自分の身体が不自由になるまで、わからなかったことなのです。

みんな、いつかは、身体が不自由になるのですよね。

介護をして初めて分かることがある。

本当に、介護はたくさんのことを教えてくれました。


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バフビューティーが咲いています
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by gutsuri | 2016-12-02 07:00 | 介護 | Comments(2)