百寿者と一緒の暮らし gutsuri.exblog.jp

介護の極意は喜ばせること。2013年7月に満百歳になった母と共に花や音楽から元気をもらっています。無農薬、無肥料でバラを育てています。母は2016年11月に103歳4カ月で旅立ちました。。


by gutsuri
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2016年 09月 15日 ( 1 )

今、ここに、生きる

「今ここ」という言葉は最近よく見聞きします。

バシャールやエックハルトトールは、よくこのように言っていますよね。

「過去や未来はありません。あるのは今だけです。」

「過去も未来も、すべて、今ここにあるのです。」

でも、そのように言われても、私たちは自分の子供時代のことは覚えていますし、

実際の話、子供たちが小さかった時のことや孫たちの幼い日のことも

昨日のことのように思い出すことが出来ます。

母は103歳ですから、生まれて103年経っているということです。

このように私たちは、つい、時間や年月で考えてしまいますよね。

生まれたときからの時間軸は、一本のラインになっていて、

その上をみんな同じスピードで動いているのです。

一日は24時間、一年は365日・・・

時計やカレンダーと睨めっこしながら、日々の暮らしは成り立っていますから、

私たちは時間や年月にがんじがらめに縛られていて、

「過去も未来もありません。今があるだけです。全ては今ここにあります。」などと言われても、

頭が、思考が、気持ちが、それについていくことが出来ないのです。


過去も未来もここにあるという例えでよく用いられるのが、映画や小説なのです。

映画のフィルムには、話のストーリーが初めから終わりまですべて収められているにも関わらず、

私たちの頭はそれを理解するのに、映画のフィルムを始めから終りまで映して見て、

ようやくその映画を理解することが出来ます。

時間が必要なのですよね。

映画は初めから終わりまで既に、今ここに、存在しているのに、

私たちが映画を理解するには時間が必要なのです。

小説も同じですね。

ストーリーの展開は一冊の本の中に全て書き込まれているのだけれど、

私たちがそれを理解するには、時間をかけて読んで行かなくてはならない・・・

でも、今ここに、その本の内容はすべて存在している・・・


私たちの思考は3次元の制約を受けているので、

「今ここ」という時間的な「今」しか捉えることが出来ません・・・ライン上の時間軸になります。

瞑想の時にも「今ここ」を意識し、それに集中しますが、

その場合の「今ここ」は、「時間的な今」ではなくて、「普遍的な今」であり、

それは何かに通ずる窓口であったり入口であったりするのではないでしょうか・・・

「今ここに生きる」とは、私たち本来の姿に戻り、そして、それに気が付くこと・・・

そのような思いがします・・・





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先月、台風が来ると聞き、ブルーのブッドレアの枝をかなり切り落としました。

今ようやく枝が伸び花がたくさん咲いています。

夕方、クロアゲハが飛んできましたよ。
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9月15日は中秋の名月です。晴れるといいですね。
満月は9月17日です。
by gutsuri | 2016-09-15 07:00 | スピリチュアル | Comments(0)