健やかに逝く(自由部門)


今、時間があるときにパソコンで、写真の整理をしています。

母の写真が時々出てくるのですよ~

撮ったことを忘れている写真がありますね。

そして、このような本を読んでいたことを思い出しました。
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この本はもう手元にありません。

2~3回読みましたから処分したのを覚えています。

そのころ「健やかに逝く」とか「健康な死」という言葉に出会い、

母を介護していて、そのような「幸せな死」を迎えたいと考えていたので、

それに関することを調べていたのです。


先日、母の49日の法要の時の住職さんのお話です。

法要が終わってお寺の座敷で雑談をしているときでしたが、

住職さんが「生老病死」という言葉が書かれた紙を見せて、

これが人間の一生だとおっしゃいました。

「生まれて老いて病気になり死ぬ」

これが人間の一生なのだそうです。

住職さんは70代、4~5年前に息子に仕事を譲り、ゆったりと暮らしていらっしゃると思っていましたが、

2~3年前に大病をし、大変な思いをなさったそうです。

そう言われれば、痩せただけでなく一回りも二回りも身体が小さくなり、

声にも力が入っていなかったですね。

ご自身の体験から生まれた「生老病死」という言葉は説得力がありました。


母の「幸せな死」を目指してきた私は、

母を4年間介護してきたことから見えてきたいろいろなことを、

何から話せばよいのかとっさに判断できませんでしたが、

たくさんの人がいればたくさんの人生があるということ、

一つのルールで括るとすると、はみ出すものが出て来ることなどを思いながら、

母の法要ですから、母のことを話しました。

母は、病気知らずで103歳まで生きたこと。

私が望んでいた通りの「幸せな死」を迎えることが出来たこと。

お医者様は、母の死を、「自然死」とか「老衰」とか言われたことなどから、

「生老衰死」または「生老幸死」などという言葉も作れますよと言いました。


そうでしたか・・・

それは良かったですね~

幸せな一生でしたね・・・

と、その話はそこで終わりました・・・


社会で活躍なさっている方々は、たくさんのストレスを受けたり

精神的にも体力的にも疲労が蓄積しますよね。

小さな世界にいても、知らないうちにどこかの細胞が傷ついているかもしれません。


病を近づけないために・・・

健やかな死を迎えるために・・・

それにはやはり、母なる自然を敬うことではないかと、

私はここに辿り着くのですよ・・・


今日の夕日です
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Commented by 丘の家 at 2017-01-16 22:35 x
すてきな夕日の場面を有難う~♪
刻々と沈む夕日に向かって
今日一日が過ごせたことに感謝ですね

自宅で健やかにという事が難しい時代です
寄り添ったお母さまとの日々の辿りついた頂点が
gutsuri さんの目指して来た事だとしたら
お母さまもお幸せでしたね

私も健やかな終わりを迎えるためには
少しぐらいの病なら共に抱えて生きよう~
決して生存病死でなく生存衰死に辿りつけるようにと
常に自分に言い聞かせることも大事なのではと
良い言葉を教えていただきありがとうございました
Commented by gutsuri at 2017-01-17 12:00
> 丘の家さん、こんにちは~

夕日には癒されますよ~
夕日を見ていると明らかに気分が変わってくるのを感じますからね。
夕日にもありがとうです。

jujuさん、楽しく介護をしていらっしゃるのですね~
4人も娘たちが日替わりでお泊り介護だなんて、若草物語の続編のようです。
お母様、お幸せです。
by gutsuri | 2017-01-15 21:47 | 長寿 | Trackback | Comments(2)

介護の極意は喜ばせること。2013年7月に満百歳になった母と共に花や音楽から元気をもらっています。無農薬、無肥料でバラを育てています。母は2016年11月に103歳4カ月で旅立ちました。。


by gutsuri