百寿者と一緒の暮らし gutsuri.exblog.jp

介護の極意は喜ばせること。2013年7月に満百歳になった母と共に花や音楽から元気をもらっています。無農薬、無肥料でバラを育てています。母は2016年11月に103歳4カ月で旅立ちました。。


by gutsuri
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母に余り求めないこと

以前のブログを読んでいると、

私の記憶は、本当におぼろげなものであって、

母のための介護を考えて、そのようにしていたと自分では思っていたのですが、

少し違っていたりしますね。

私は介護において、母はどうしてほしいのだろうと

常に母を主体にして考えていたと思っていましたが、

母にこのように振る舞って欲しいのにと、

私主体の介護を考えていたときが・・・どうも・・・あったようですね・・・


3年前と言えば、ベッドの暮らしになって一年がたったころ、

毎日朝と夕方来て下さるヘルパーさんを母は心待ちにしていて、

お世話になります・・・とか、ありがとうございます・・・などとお礼を言ったり、

一緒に歌を歌ったり、会話が楽しそうだったりと、ご機嫌でした。

一方、訪問入浴に対しては、

お世話になりますねと受け入れる場合もありましたが、

「今日はお風呂に入りたくない」とはっきりと自分で断る場合も多かったのです。

母は、話せば理解できる人だったので、いろいろと説明しましたよ。

でも、「今日は入りたくない」と拒否の姿勢を貫く母を、

みんなでさっさと入浴させていました。

訪問入浴のやり方に問題があるというわけではなくて、

訪問入浴は考えられる最善の方法だと感じていますが、

母は、人にお風呂に入れてもらうことに慣れていないので、それが嫌なのです。

ヘルパーさん2名と看護師さん1名の計3名の方にお世話になる入浴です。

せっかく来て下さる入浴の方に対しての母の態度が私は不満でした。


往診の先生に、訪問入浴を嫌がることを相談すると、

「それでいいのですよ~」と言われます。

すぐにはその言葉が飲み込めなかったのですが・・・

母が嫌なことを嫌だというのは、自然なことで、それでいいのだ・・・と初めて気が付きました。

母に余り求めない・・・

きちんと振る舞って欲しいのに・・・などと思わない・・・

でも、思っていたのですよね・・・私は・・・


母はうわごとの中でも「お風呂には入らないから・・・」とはっきりとお風呂のことを拒否していました。

そこまで、お風呂が負担だったのです・・母にとってはですけどね・・・

リハビリや往診を拒否したことはありません。

ヘルパーさんの拒否は、寝起きの着地がずれたときにはありましたね。

お風呂の拒否は、多かったです。

男性が入っている3人の方にお風呂に入れていただくには、

もし、私が入れていただくにしても、相当な理性と覚悟が必要になります。

周囲に気を遣わなくてはいけないですし、相当なエネルギーが要求されますよね。

百歳の高齢者には、そのエネルギーがなかったのだと思います。


また、高齢になればなるほど皺やたるみは増えますし、

裸を人に見せたくありません。

裸とはそういうものですよね。

母の世代では考えられないことだったのでしょう・・・


先生に相談して、目からうろこでした。

それでいいのですよ~

たくさんの高齢者を診てきた経験から生まれた先生の言葉です。

無理せず、ありのままで、自然体で、それでいいのですね。

高齢者にしっかりしてほしいなどと思わなくていいのです。

それでいいのですよ~

高齢者主体の介護ですからね。


イングリッシュヘリティッジ
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by gutsuri | 2016-12-20 07:00 | 介護 | Comments(0)