百寿者と一緒の暮らし gutsuri.exblog.jp

介護の極意は喜ばせること。2013年7月に満百歳になった母と共に花や音楽から元気をもらっています。無農薬、無肥料でバラを育てています。母は2016年11月に103歳4カ月で旅立ちました。。


by gutsuri
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一皮むけて老年的超越かな~

ブログに載せようと思っていてすっかり忘れていたのですが、

この春、ある冊子に母が紹介されました。

自分らしく生涯を「生ききる」ために 在宅療養、在宅看取りという選択
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1月の取材には3人の方が来られて賑やかでしたから、

母ははしゃいで興奮し、楽しそうでした。

母はとても喜んでサービス満点! いろいろと話していましたね~ 

トンチンカンでしたけど、まあ、ご愛嬌というところでしょう。

紙面が上手くまとめられていたので驚きました。
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この歳になっても誰かのお役にたてるということに、母は喜んでいると思います。

昔の人はみんなそうだったのだと思いますが、

今のこの時においても、何かのお役にたつということを、

心の底ではみんな、そうしたいという思いがあるのではないでしょうか。

生きるというのは勿論、自分のために生きるのではありますが、

自分のためだけに生きていると思っていても、そこにはいろいろなつながりがあるので、

気が付けば人の役に立っていたとわかり、それがまた生きる喜びにつながっていくのですよね。

このように取材を受けて人から聞かれることは、

母の生きる喜びにつながっていて、それが生きる力になっていると感じています。

7月に体調を崩して心配しましたが、今はまた元気に過ごしています。

昨年までは、機嫌を悪くすることはあっても、

体調を崩すことがなかったほど健康でしたから、

熱を出して具合が悪くなったときには、母も弱ってきたのだなあと

この時ばかりは、高齢ということを、百歳を過ぎているということを、しみじみと感じます。

でも、今年になってからは、機嫌が悪いということがないのです。

一皮も二皮も剝けたという感じがします。

いつもニコニコしていて、いつもありがとう、そして、良かったね~ 良かった良かった・・・といいます。

疲れているときには、無口になりますが、機嫌が悪くなることはありません。

こういう時に思い出すのは、老年的超越という言葉です。

百歳を過ぎている人に見られるという老年的超越・・・

母ははっきりとものを言う人でしたから、最近少し変化したことが見て取れるのです。

103歳になった母を見ていて、たまにその老年的超越を感じています。

面白いですね。



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by gutsuri | 2016-08-19 07:00 | 長寿 | Comments(0)