動作が遅くなってくる

97歳になったころから、母は一つ一つの動作が大変そうでした。

少しの距離を歩くのにも手すりをしっかり摑まってぶら下がっているような感じだったり、

まるでペンギンのようにバランスを取って歩いたり、

傍で見ていても脚力が弱ってきているのがわかりました。

食事をしていても、こぼしているのにそれに気が付かない。

テーブルや椅子のアームで、肘を使って身体を支えていないと座っていられない。

車に乗るのに足が上がらない、腰がシートに乗らない等。

何かをしようと思うたびに不自由さを感じているのです。

身体全体の筋力が弱っているのですね。

母のこの姿を見ていて、思い出したことがあります。

朗読のボランティアをしている人は、

見えないことを体験するために、アイマスクをして

ガイド役の人の腕に摑まって一度外を歩くのだそうです。

または、身障者、高齢者の体験をするために、

足に重りをつけたり、動きを不自由にするための装具を付けたりして、それを体験するのだとか・・・

そう思って母の動きを自分で頭の中で体験してみたことがあります。

想像ですよ。

多分、手と足に1~2キロの重りをつけて、肩には5キロの米袋を背負って、

そしてコルセットを着けて・・・

このように考えていたら、のろのろした母の動きも気にならなくなりました。

まあ、よく、歩いているわね。 

そのように感じていました。



ビオラ、今日の夕日
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Commented by winedelunch at 2013-01-11 22:18
こんばんは。
全てをありのままに受け入れる事、私には大きな課題です。
gutsuriさんの淡々とした受身の気持ちを見習いたいと思います。
いつかは、誰もが通る道なのですものね。

今日の夕日は穏やかに見えます。
Commented by blaise-photo at 2013-01-11 22:43
こんばんは
gutsuriさんの包容力は素晴らしですね
見習わせて頂きたいです・・・
Commented by gutsuri at 2013-01-12 17:09
winedelunchさん、こんにちは。
親は幾つになっても親で、教えてくれます。
人を変えるのではなくて自分を変えるのだと学習中なのです。

そちらのブログに行っては、ああ、そうだったのだと、気づかされます。
その時々に必要なことって、種類が違ってくるのですごく新鮮です。
元気を貰えます。
ありがとうございます。
Commented by gutsuri at 2013-01-12 17:26
blaseさん、こんばんは。

まあ、そんな、私も実は修行中の身、年を取ると親子逆転、
親が可愛いと思えます。ようやくね。
Commented by miyabiflower at 2013-01-12 22:04
こんばんは。
親が年老いていく現実は悲しいものですが、
目をそらさず受け入れなくてはいけないのですね。
一緒に過ごせる時間には限りがあると思うので、大切にしたいと思いました。
Billy Joel、懐かしいです。この歌大好きでした。
歌詞がいいですよね。
↓ 「メトロポリタン美術館」も好きでした。
今年もよろしくお願いします。
Commented by gutsuri at 2013-01-12 22:20
miyabiflowerさん、こんばんは。

加齢、老化は皆が背負っていく現実です。
まずは親からですけど・・
でも人間って素晴らしい、生きているって素晴らしい
そう思う毎日です。
こちらこそよろしくお願いいたします。
by gutsuri | 2013-01-11 21:49 | 介護 | Trackback | Comments(6)

介護の極意は喜ばせること。2013年7月に満百歳になった母と共に花や音楽から元気をもらっています。無農薬、無肥料でバラを育てています。母は2016年11月に103歳4カ月で旅立ちました。。


by gutsuri